第三層への初挑戦は無事に終了した。第三層では最強の怪物である緑龍に対しても無傷で勝利した。本当に強いなうちの部隊というか笠置町葵は。他の五人が束になっても彼女一人にかなわない自信がある。
それでも強い化け物の代名詞とされている緑龍を幸運とはいえ俺も殺すことができたというのが非常な自信になった。訓練場では俺が一歩進むと津差さんは二歩進み、翠は実は五歩先にいるというコンプレックスしか感じられない状態だから地下でないと自分の成長が確認できない。俺は強くなったかなと翠に訊いたらいまさら何言ってるのと呆れられた。ついでにいまの俺ならライオンと戦えるかなと訊いたら「冗談だよね」とのことだった。まだ出会っていないけど第三層には熊の化け物がいるのだそうだ。が、それもあくまで人間より一回り小さいという。分厚い毛皮と太い手足と鋭い爪とで危険な相手だけどもしも野生のヒグマとその熊がやりあったら一発で吹き飛ばされるだろうと言っていた。ライオンとガチンコで勝てるなんて、この街じゃ橋本さんか拳銃使った星野さんくらいじゃないかということだった。アフリカ大陸ってすごいんだな。ちなみに理事である笠置町隆盛(かさぎまち たかもり)氏でも象にはかなわないと言っていた。
「うちのお父さんでもさすがに素手じゃ難しいと思うな」
素手かよ。
地上に戻ったら児島さんと常盤くんに連絡が入っていた。詳しくは話さなかったが、東京に戻らなければならない用事ができたと夕方の新幹線に乗っていった。もしかしたら水曜日の探索は中止になるかもしれない。
夜、バーカウンターで小川さんと話しながら飲んでいたら真城さんに拉致された。真城さんの部隊も今日第四層に潜っているらしい。何の話だったかというと、自分たちが第四層にアタックする際に縄梯子で大穴を使って時間短縮を狙いたいから第一層の縄を守る役を一人十万で引き受けないかというものだった。別に俺はかまわないですけど、第二層、第三層も守らないとどっかで切られたらそこで終わりませんか? と尋ねたら虚を突かれたらしく唸っていた。三つも部隊を雇ったらさすがにコスト割れするのだろう。かといって第二層で切られたらおよそ20メートルのダイブを余儀なくされる。この人でもきっと死ぬ。
その後、もっと救助を制度化できないものかと話してみた。恩田くんたちの時には西野さんが真城さんの恋人だったし、鈴木さんは真城さんに気に入られていたうえに彼女の部隊の落合さんと同室だからきわめて関係が深い。俺にとって恩田くんや西野さんは仲間意識を抱いていた相手であり恩田くんとは小寺の遺体を回収したときに暗黙の誓いのようなものを交わしていた。成果がなかったとはいえあの救援隊は個人的な縁を強くもつ部隊だから組まれたものだ。現に毎日のように遭難する部隊があるのに俺が救助に参加したのは初めてのことだった。第二期に高坂新太郎(こうさか しんたろう)さんという戦士が率いる部隊があったが彼らは救助の要請を全て断られて壊滅した。
「お前のところが遭難したら、あたしは助けに行くぞ。それじゃダメなのか?」
俺に限ればそれでいい。でも、もっとビジネスライクに救助を期待できる仕組みを誰も作ろうと思わなかったのか?
一時期はそういうのもあったのだそうだ。各人が自分たちに賞金をつける。救助してくれたらその額を支払うということだ。しかしこの街の探索者は基本的に金には淡白だった。うまく機能しないまま迷宮街のホームページに賞金を登録するサイトはまだ残っているがそこに記入されているのはもう壊滅したメンバーだけだという。
力が全てだし死と隣り合わせだから安全確保もプリミティブになるしかないと女帝は言った。人間として深い関係を築くしかないのだと。この人がつねに誰かしらと恋仲になっているのもそのためかなと思ったらそれがわかったかのように私は一人じゃよく眠れないんだと笑った。さびしそうだった。
これを書いている途中に翠から電話。彼女の両親が娘たちの友達と食事をしたいらしい。
素手だったら象より弱いと思われる」人間と食事。箸の持ち方が汚いくらいで鎖骨を折られそうだ。