今年の探索はすべて終了。昨日も書いたように今日は第二層までの探索とエディの部屋だけで早めに終わらせた。もう年末だからだろうか? エディの部屋も新参(といっても、俺たちと一ヶ月弱しか違わないんだけど)の部隊が二部隊いるだけだった。彼らは地力がないのでそれぞれ二回で終了。初心者の戦いを見ていると、人間はどのあたりが動かしづらいのかとかよくわかる。いやそれがわかったところで地下での戦いに益があるわけもないし、地上で素人さんと喧嘩する場合にも必要ない(今の俺なら陸上の選手でもない限り逃げ切れる)知識なんだけど。例えば大学の体操部にOBとして指導に行った際などは非常に役に立つと思う。
・・・あれ? 退学してしまった俺はOBになれるのだろうか? もと副部長だったとしても? とりあえず体操部のペナントには名前を入れてもらえるらしいけど。
先日翠が言っていた、自分の噂が一人歩きしているのではないかという疑問だけどそれが一部分判明した。新参探索者の進藤典範(しんどう のりひろ)くんの話だけど、俺が東京に帰る前までの日記のログが一部で流通しているらしい。慌てて読み返したものの、鬼より怖い真城姉さんとはまだ親しくなる前のことで書いていなかったからほっとした。迂闊なことが書かれたログが目に入りでもしたら、まあ姉さんはネット徘徊などしない種類の人間だろうけど、何をされるかわかったものじゃない。その次におっかない翠についてもこの頃は美人だとかいろいろ書いているのでこちらも安堵する。でも進藤くんにはなるべく広めないようにお願いしますと言っておいた。そんな日記の存在を知ったらパスを教えろと言ってくる人間が殺到しそうだ。
進藤くんの部隊は生き残るだろうなと思える。進藤くんがまず身長一八五センチくらいのがっしりタイプであること。体格に優れた(うちでは青柳さん)こういう戦士が一人いると後衛は安心するものだそうだ。安心は緊張をほぐし、それが一瞬の勝機を掴ませる。俺は第二期では皆が認めるナンバー三だし、翠は説明の要もないほど優秀な戦士だけれどそれとこれとは話が別なのだ。死ぬ姿が思いつかない人間に守られている、という安心感が後衛の能力をすべて引き出し、第三層に降り立った今ならよくわかるけど、結局生き残りの鍵を握るのは術師たちだから。もう一人の戦士である斎藤直哉(さいとう なおや)さんは年長だけど落ち着きのあるタイプで、込み入った話をまとめる説得力がありそうだ。うちだと青柳さんだな。最近では緊急時以外は翠と葵が提案し、他の三人が修正や要望をあげ、それを青柳さんがまとめるという形になっている。多数決ではなくあくまで話し合いで、意見を却下される人間にも納得させる会話能力はその後のチームプレイに禍根を残さないという点で重要だった。三番目の戦士である海老沼洋子(えびぬま ようこ)さんは俺が出会ったなかでは四人目の女戦士(一人は既に故人になっている)だった。この街でも七人だとのこと。翠や真城さんといった美人ばかりを見てきた俺にはどうも女戦士=美人の意識があったけど、彼女は男っぽい、険しい顔立ちだった。まだ二十歳前ということで肌はきれいなんだからお化粧すれば変わるんだろうけど。ああ、そうだ。宝塚の生徒にこういう顔が多いと思う(彼女らは美人ぞろいではないのだ。ひどい言い方だけど、むすめ役をのぞいては女子プロレスに近い)。彼女は、申し訳ないけれど今の時点では特筆すべきことはないように思える。そもそも女が前衛で生きていくのは大変なことだ。真城さんはああ見えて腕力もあるけどそれ以上に脚力がすごい。あの人の訓練は主に跳躍ばかりで、津差さん用並みに重い剣をその重さも利用して振り回している。第三層でてこずる戦士タイプの怪物がいるのだが、真城さんの剣は防御しようと上げた相手の剣ごと頭蓋を粉砕するのだそうだ。いっぽうの翠は多分神様かなにかに「絶対負けない」という主人公の特典を与えられているのだろう。相変わらず実力が縮まった気がしない。ともあれいずれは筋力で男に負ける以上、女戦士には何かが必要なのだと思う。彼女はまだそれを見つけていない。見つけないで第二層までは行けるだろうけど、いつまでも見つからないようなら多分翠か真城さんがあきらめさせるのだろうな。
この部隊が生き残ると思う理由の第一は罠解除師にある。倉持ひばり(くらもち ひばり)さんというこの女性は笠置町姉妹や鈴木秀美(すずき ひでみ)さんと同じようにもともと訓練を受けているサラブレッドなのだ。他の男の目はごまかせても俺の前には無力だ。まあ、確信に変わったのは笠置町姉妹との再会をやかましく喜んだからだけど。彼女は鈴木さんとは違って生粋の罠解除師だそうだけど、罠解除師が優れていることの部隊へのメリットは大きい。一つにはもちろん怪物たちの残した罠を解く時点で下手糞ならやってしまう、お宝を壊してしまうミスがなくなるということ。もう一つそれ以上に大切なことは、エネルギーの流れを読むことで怪物の接近を早く感じ取れるということだ。うちの常盤くんも第二期では屈指と呼ばれているけれど、翠ですら気づかない曲がり角の影の奇襲を何度発見したかわからない。そして戦闘時ではほとんどすることがない罠解除師はそれだけ広く戦局を見ることができ、的確な指示が出せるのだった。うちでもこれまでは翠もしくは葵が指示を出していたが、それをだんだんと常盤くんにシフトしようとしている。
二人の術師はこの街に来て初めて探索者になっただけあってよくわからない。けれど、順を追って階層を降りていけば強力な部隊になるだろう。仲良くしたいものだ。というのも、彼らはタカ派の部隊だったからだ。タカ派の部隊で親しいところがあれば、欠員(用事や死亡)が出た時に相互に代打を頼みやすい。三原さんが初日に俺を誘ったように、ある程度経験を積んだ部隊はいわゆるマイナー・リーグを持つ傾向があった。俺たちも第二期の出世頭だしそろそろそういうことを考えてもいいだろう。そのあたりの選別と折衝は俺に一任されている。彼らは第一候補だった。
地上に戻ってシャワーを浴びながら由加里が来ることを話したら、クリスマスプレゼントは買いましたかと常盤くんに訊かれた。これを由加里が読むのは帰ってからだろうから書いてしまうけれど、もう断然ばっちりです。由加里の写真持って越谷さんを引っ張り出して京都じゅうの宝飾品店をまわりました。そう話したら「これもいかがですか?」と石を渡された。さては話題の魔法の石か? と思ったけれど違って、黒光りする石の表面に花が開いていた。化石だ。
怪物のお宝のほとんどは他の怪物の身体の一部が干からびたもの(お弁当?)だったり貴石や宝石の原石だったりする場合がほとんどだけど、結構高い確率でこうやって化石を持っていることがある。暗闇の中では当然化石化した昔の生き物を見て楽しむこともないだろう。どうして化石を持つのだろう? と常盤くんに訊いてみたら、たぶん自分の匂いをつけて身分証明にするか、あるいは所属するコロニーの証明に使うんじゃないでしょうかと推測してくれた。他にもよく持っているものとして炭のかけらがあるけれど、確かに化石や炭のようにある程度の硬さがあって内部にたくさんの孔があいているものは特定の匂いを留めておくにはちょうどいいだろうな。彼らはおそらく狩猟階級だろうけど、自分のコロニーに帰るためには持っている炭や化石の匂いを頼りに嗅ぎ戻らなければならないのかもしれない。ともあれ黒い石に浮き上がる花(現在の花では、ニリンソウに近い)の可憐さが気にいったので、これもプレゼントとしてもらうことにする。
そしてお仕事終了! 商社の詰め所には土曜日だというのに後藤さんが出ていて、シャワーあがりにシャンパンを振舞ってくれた。この人は仕事もきちんとやっているらしいけど、前のお父さんじゃ絶対にしないあからさまな人気取りをどうどうとやるところがかっこいいと思う。「これはごますりです!」と胸を張られてされてしまうとこっちも苦笑しつつ受け入れざるを得ないし、そしてシャンパンはおいしいのだ。酔いがまわったのか「由加里ちゃんに会いたいー!」 としきりに駄々をこねる一名に二九日の夕方まで俺の携帯に電話をしないことをきつく命じて駅まで出迎えに来た。何だかんだと言って一ヶ月ぶりだものな。邪魔はされたくない。
そして今、ロイヤルスイート(!)のパソコンからこれを書いている。既に一度真城姉さんの部屋を見ていた俺は心の準備ができていたけど、初めて見る由加里には衝撃は大きかったようだ。呆然と、「入学式で泊まったリーガより豪華だ」と呟いていた。リーガて。今も蛇口をひねっては悲鳴を、ベッドルームを覗いては悲鳴を、テレビ画面をつけては悲鳴をあげている。立派に稼げる男になったと見直してくれただろうか?
でも晩飯はこれから北酒場
津差さんや女帝、神田さん越谷さんなど見てみたい人間が山ほどいるらしいけど・・・邪魔は、されたく、ないのだが・・・今夜無事にこの部屋に戻ってこれるのだろうか。