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葵ちゃん! と嬉しそうな声がして真壁啓一(まかべ けいいち)はそちらを見やった。そこにはそろそろ壮年を過ぎようかという男性が一人立っていた。笠置町葵(かさぎまち あおい)に向かって笑顔を向け久しぶりだなあ、大きくなってと肩を叩いている。葵もそれに嬉しそうに笑顔を返していた。どこから見ても和やかな再会の風景、だから真壁があとじさり葵の双子の姉にぶつかったのはシチュエーションの問題ではない。キャラクターの問題だった。
「どうしたの?」
こたえようとして言葉にならず、視線を二人の方に送った。ああ、と納得したようだった。
「お父さんのお友達の奥島さん。事業団の理事でもあるんじゃなかったかな? 今日明日は手伝ってくれるんだって」
そして少し眉をしかめた。そういえば、真壁さんの日記に登場してたじゃない。
嘘だろ、と苦笑した。いくらなんでもこれほどの存在感の男性とすれ違えば気づくはずだ。日記に書くほど近くにいて覚えていないなどありえなかった。
「書いてあったってば。うちのお父さんより強い生き物がこの世のどこかにいるんだろうなって。奥島さんがそうだよ」
呆然としてその男性を見つめた。彼は何かがぎっしりと詰まった布袋を常盤浩介(ときわ こうすけ)、児島貴(こじま たかし)に持たせているところだった。視線がこちらに向き手招きされる。背筋が自然にぴんと伸び駆け寄った。
「お兄ちゃんもこれ持っていってくれな」
渡されたそれはずっしりと重い。中を見ていいですか? と尋ねたらあっさりとうなずかれた。
おそるおそる袋の口を緩め覗き込む。中には使い古されたゴルフボールが大量に入っていた。
あー奥島さんだと聞きなれた声が近づいてきた。笠置町姉妹の従兄にして本人も優れた戦士である水上孝樹(みなかみ たかき)がこれまたツナギ姿で歩いてくる。お久しぶりです、と深く礼をしてから笑顔を見せる水上に怪訝な思いをした。もっとこの人にはプレッシャーを受けたはずだ。向かい合うだけで手のひらに汗をかくような。それがこの男性の横に並ぶと子どもも同然に思えた。