「神足さんってテレビの撮影のときにお話しただけだけど、なんというか」
そこまで口に出してから笠置町葵(かさぎまち あおい)は残りの言葉を飲み込んだ。積まれた土嚢、一つ下の壇に据わっている若林暁(わかばやし さとる)が半身で振り返り口元に笑顔を浮かべて続きを待っていたからだ。彼はたしか魔女姫高田まり子(たかだ まりこ)の部隊の罠解除師で、いま試合をしている神足燎三(こうたり りょうぞう)の仲間だったはずだ。もしも真壁啓一(まかべ けいいち)のことを「男らしくない」だの「なんだか頼りない」だのと他の部隊の人間に言われたら不愉快に感じる(もっとひどいことを自分は言っているのだが)ように、自分の正直な感想は若林にとってきっと失礼なことになる――
「いかれてるでしょ、あのおっちゃん」
思わず頷いてしまってからあら、と口元に手を当てる。そしてごめんなさいと謝った。若林は何を謝られたのかわからないのかきょとんとした表情をした。ええと、と言葉を選ぶ。
「いくら第一期の皆さんだって人間です。ミスする可能性はゼロじゃないと思うんです。それなのにあんなスピードで木刀投げるって、よほどの自信があるのか何も考えていないのか、とにかくすごいですよね」
言葉の終わりにかぶるように乾いた音が響き安堵のため息が続いた。四発目の木刀を国村光(くにむら ひかる)が横に飛びのいてかわし、追い討ちをかけた五発目を飛び込んだ先で腕の力だけで倒立することで避けたのだった。当然投げられた二本の木刀は観客席を襲ったが一本は寺島薫(てらしま かおる)がやすやすと柄を当て真上に弾き、一発は野村悠樹(のむら ゆうき)が左突きで床に縫いとめた。どよめきは見事にかわした上にそのまま距離をつめ必殺の斬撃を放った国村に対するものだけではなく、飛来する二つの弾丸をたやすく止めて見せた二人の剣士に対してのものでもあった。確かに彼らが木刀を処理する動作にはありありと余裕が感じられる。
でも神足さん、ああ見えてきちんと考えて投げてるんだよ。若林が続ける。
「寝転がった国村さんへの二発目はもっと早く投げられたのに、野村くんが後ろにスタンバるまで待ったからね。ムチャクチャやるだけの配慮はちゃんとしているよ、あのひとは」
同じ後衛とはいえ罠解除師で乱戦の中での総指揮を取ることが多い若林は、そのキャリアもあって闘いを見る目は葵よりは肥えているようだった。なるほど、彼が言うのならば安心していていいのかもしれない。けれど、と思う。先ほどのどよめきには国村と寺島と野村の優れた運動能力だけに対してだけではなく、国村が移動してきたことによって次には自分達に流れ弾が来るのだと宣告されたことになるこの南側の観客席の心の悲鳴もあったはずだ。これまでの五発のやり取りでどうやら安全らしいと信じているものの、怖い。
「うう、翠たちの後ろに行けばよかった」
呟きは心の中だけではおさまらなかったようで、若林が怪訝そうな顔をした。でもこの方面は一番安全だと思うけど? そう言って視線を自分たち観客を守る『ネット』たちに向ける。南沢浩太(みなみさわ こうた)、小笠原幹夫(おがさわら みきお)、狩野謙(かのう けん)、秋谷佳宗(あきたに よしむね)という四人はみな最精鋭部隊の戦士たちだった。どの三人を選んでも常に自分を守ってくれる仲間たちに比べてはるかに信頼できるはずだった。頭で考えれば。
そりゃわかるけど、やっぱり評判だけではいきなりは信頼できないですよ。心の中で反論し、膝がかすかに震えるのがわかった。うう。逃げようかな。怖いな。でも多分探索者の私が逃げたらパニック起きるな。でも怖いし。ううううう。
緊張のあまりきつく握り締めていた拳がそっと包まれた。見上げた隣りの男は、しかしこちらの視線にも気づかないように真剣に試合場を見つめている。もともと斬り合いに興味のあるわけではないのに、この試合だけは何も見過ごすまいと心に決めたようだった。腰は後ろに迷惑にならないくらいに浮いて、いつでも立ち上がれるように準備していた。
膝の震えはどこかに消えていった。