おつかれ、と渡されたタオルを受け取ったものの黒田聡(くろだ さとし)は汗一つかいていない。同じく第一期の戦士だったものの、いまだ第二層でくすぶっている相手ではもう大きな差が開いていた。ついでジュースを受け取りながら、高田まり子(たかだ まりこ)に笑いかけた。
「あっちで野村くんと青柳さんの戦いがあったよ。かなり野村くん疲れてた」
うわあ、と他人事のように思う。六回勝ち抜かなければならない試合、対戦相手の運は大きく影響していた。もともとある一線を越えたら実力的には大きな差はない。であれば心身を削りあう試合を経験していない方が勝つのは当たり前のことだった。自分のトーナメント表を見下ろしてにんまりと笑う。彼が所属するBグループには名だたる戦士としては自分と笠置町翠(かさぎまち みどり)のみ。道場剣法となると分が悪い相手だったが、彼女は黒田とあたる前の三試合全てが第一期の、自分たち精鋭部隊のすぐ後につづく第三層を探索中の戦士たちだった。いくらなんでも疲労困憊しているだろう。その彼女に勝つのは難しいことではなく、おそらく黒田はもっともいい状態でベスト8に進むことができるはずだ。このトーナメント、もらったね。そう言うと魔女姫は強気だね! と感心したように目を丸くした。
問題は、とトーナメントを眺める。この『覆面戦士X』という名前だが――まあ、正体が誰にせよ出てこられて怖いのは理事と橋本教官、そして星野幸樹(ほしの こうき)だけだった。彼が自衛隊の任務についているのはわざわざ人をやって確認させた。それ以外であれば誰が出てきても大丈夫だ。
「あ、始まる」
高田の言葉に試合場に視線を向けた。四角の白線のなかには見慣れた第二期の戦士の一人と小柄な人物がいた。両手にだらりと短い木刀をたらし、顔にはひょっとこのお面をつけている。――両刀? いやな予感がする。
開始の言葉と同時にお面の戦士が間合いを詰めた。そして戦士が慌てて掲げようとした木剣に右手の木刀を、左の木刀はそのみぞおちにぴったりとつけた。会場がしんと静まった。
それまで、の言葉に割れるような拍手喝采が起きる。後衛といえども連戦の見巧者、お面の剣士の並外れた実力を見切ったのだった。お約束を破って「秀美ちゃーん!」という声がかかり、慌ててひょっとこ剣士が口の前に人差し指を立てた。
爆笑のなか、黒田は魔女姫の顔を眺めた。楽勝? と問い掛ける視線に笑みを返す。こわばった笑みを。
「とりあえず、あのお面はなんとか外させよう。それが目標だな」
そう言うと魔女姫は弱気だね! と苦笑した。弱気も仕方ない。一対一の殺し合いならともかく道場剣法ではきちんと教育を受けた彼女の二刀小太刀にかなうとはとても思えなかった。おそらく笠置町翠(かさぎまち みどり)でもムリだ。