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「あれさつきちゃんじゃない?」
「どれ?」
「ほら後ろのテーブルの黒いノースリーブ着てる人」
京都の大学に通うために居候している従姉の指すところをじっと見る。後姿しかわからないが、あの変な位置にあるつむじは間違いなく姉だった。しかし。
「どうかな。人違いじゃない?」
従姉も何か悟ったようだった。
「そうかもね。おっとコメントがはじまる。えーと、なに? 大学を退学してこの街に来た人?」
すごいなー、信じられないなーと従姉の言葉を聞きながらかんなは祈る思いだった。まだ高校生である自分ですら酒癖の悪さというものをありありとイメージできるのは、ひとえに姉のおかげだった。人一倍日焼けには気をつけている白い肩は真っ赤で、それは十分すぎるほどにアルコールが回っていることを示している。となれば画面の中で何をやらかすかわかったものではない。
「あ、ああ・・・」
うめく声は兄から。兄も同じ心配をしていたようだった。画面の中の「姉に似た人」は白い二の腕を惜しげもなくさらして隣りに座る男の首にしなだれかかっていた。寄りかかられる男の表情が真剣に困っていて、にやついたりしていないのがまだ救いだろうか。とにかく、とその場にいる少なくとも三人は一つのことを祈っていた。あの黒い服の女性が自分達の親戚だと判明しないまま終わってほしい、と。このまま後頭部だけで終わってほしいと。
先ほどから機嫌よくミカンの皮を剥いていた父の指が止まっているのだ。
「あ、ああ。終わった」
大げさな従妹の呟きは三人の気持ちを代弁したものだった。黒い服の女性――いまとなっては明らかに彼らの親戚である縁川かんな(よりかわ かんな)とわかる女性――はその横顔をテレビカメラに晒したのみならず隣りの男性の頬にキスしていた。
「いたい!」
目に刺激痛。なんだろう? 涙のにじむ片目をおさえながら無事な片目で攻撃が加えられた方角を見る。
父の無骨な指がミカンの皮を握りつぶしていた。