葵「大丈夫だよ。豪勢なもの作る気ないし。ネコの手も一つあるし」
翠「にゃー。食器洗うにゃー」
葵「いやそれ準備じゃないから。片付けだから」
翠「にゃー。熊肉でよければ裏山から狩ってくるにゃー」
葵「いやおせちに熊肉使わないから」


今年もあと二日。由加里が来てサボったためにすっかりなまった身体を朝からずっとほぐしていた。汗がすぐひくくらいの速度で三時間ほど走っあとで慎重にクールダウンする。大学時代に買ったジョギングシューズももうへたってきた。今年のうちに買っておけばよかった。
走っている途中に里帰り前の笠置町姉妹が挨拶に来た。冒頭の会話はそのときのもの。両親が温泉に行っているために明日は葵一人でおせちをつくらなければならないと聞いて大変だねとねぎらいに続いたものだ。帰省がうれしいのかな? 翠がおかしくなっていた。
午後からは(道具屋も今日からお休みのため)鍛冶棟にツナギと剣を取りに行った。明日から二日まで示威部隊に加わるためだ。鍛冶棟では片岡さんがもくもくと剣を鍛えていた。普通のものより細く長いそれは真城さん用と一目でわかる。でも新品が二本も並んでいるのはどうしてだろうと訊いたら、いわゆる強化剣だという答えだった。地下で発見される石を埋め込むことで剣やツナギを強化できることはもう広く知られているが、そうやって強化するときの最良の鉄成分配合や石を埋め込む位置などを調査するために、幾人かの探索者がサンプルとして選ばれている。例えば怪力で剣にものすごい金属疲労を与える津差さんであったり、冷静なので感想を詳細に伝えてくれる星野さんであったり、軽く長く、遠心力をフルに活かして戦う真城さんなどがサンプルとして選ばれている。ちなみに身長175センチのサンプルは精鋭部隊の一つ湯浅さんグループの戦士である内田信二(うちだ しんじ)さん。第二期屈指とはいえ、やっぱりおいしい役目は俺なんかには回ってこない。
片岡さんはサービス休出で、現在は基本的に鍛冶棟全体がお休みということ。それでもトンテンと音がしているのは示威部隊の修繕をしてくれているからだ。彼らもみんなサービス休出である。みんな、俺たちの死亡確率を一厘でも下げるために頑張ってくれているんだなと柄にもなく感動してしまった。これで片岡さんの話題が風俗オンリーじゃなかったら素直に尊敬できるんだけど。
迷宮入り口の詰め所に道具を置きに行ったら常盤くんと技術者の三峰えりか(みつみね えりか)さんが英語の雑誌をはさんでお話をしていた。三峰さんが常盤くんに講義をしているみたい。みたい、というのは英語の論文が題材だからほとんどの単語が英語そのままで出てくるからわけわからないのだ。昔ルー大柴という芸人が和製英語混じりの日本語でしゃべっていたけれど、あんな感じかな。でも内容は論文レベル。道具だけ置いて退散する。
クリスマスは一部とはいえそれらしい雰囲気があったけど正月はあまり騒がないみたいだ。めっきり人間が減っただけ、という街は非常に淋しい。俺たちがやっているのはそれまで平和に(かどうかは知らないけど)暮らしていた化け物たちのところに押しかけていって虐殺しているという、弁解しようのない極悪行為だ。けど、それだってなくなれば一つの街から活気が失われてしまうんだと実感できた。なんだかやるせない。
北酒場も年末体制で、昨日今日と中華のメニューが注文できない。明日あさっては洋食が注文できず、二日三日は和食が注文できなくなるらしい。みんなお休み取りたいだろうに働いてご飯食べさせてくれるんだな。感謝の気持ちを込めてワインをボトルで頼んだ。二本空けたあたりに津差さんが来て何か話したけどあまり覚えていない。なんだったんだろう?