普通夢なんてものは起きて十秒も覚えていないもの(少なくとも俺はそうだ)だけど、その朝のいやーな汗にまみれた夢ははっきりと覚えている。第四層を上から見下ろしていた。葵らしき真っ青のツナギをつけた誰かが誰かを抱き起こし、覆い被さる青柳さんの黒いツナギ、児島さんの黄色いツナギは確認できた。さて、抱き起こされているのは誰だ? 俺か翠か常盤くんか。いずれにせよ後味の悪い夢だ。
もちろん予知夢なんかじゃない。だって俺は恩田も西野さんも神崎さんも境さん越谷さんも夢に見なかったから。でも、辞めるのが目前だからって気を抜くなという兼好法師あたりのお告げであることは信じていい気がする。外はどんよりと曇っていていやな気分になったけどいつもどおりにジョギングとストレッチをした。
訓練場では横目で津差さんと進藤くんの打ち合いを見ていた。こっちも海老沼さんと一緒に国村光(くにむら ひかる)さんの授業をうけていたからわからないけれど、津差さんがどんどん神崎さんを思わせる剣筋になってきている気がする。なんというか、今までは自分の身体がどこまで動くのかわかっていなくてできなかった動きができることに気づいたような。塀の上から飛び降りられなかったお子が、ある日それができることに気づいて今後は通学路をショートカットするような。お子というにはでかいけど、確かに(偉そうだけど)身体の効果的な使い方ということに関して津差さんはまだまだだったと思う。今日見る限り、それを改善するレールに乗っているようだった。というよりもその化け物となんとかやりあえる進藤くんってなんだよ。彼はまだやってきて二ヶ月にならないはずだ。親からもらったもので妬みたくないけど、やっぱり素質での違いはあるんじゃなかろうか。
真城さんが登場して詰め掛けていたファンの皆様が大変な騒ぎになった。テレビ放映によってその美貌が全国に放映されたからか。翠もかわいそうに。打ち合いのシーンでアップになっていたけど相手が女帝じゃな。
お昼になってあがろうとしたところで津差さん進藤くん葛西さんに食事に誘われた。真城ファンの子たちと食事に行くんだけど来ない? という話だった。めんどくさかったのでパス。津差&葛西はノーモアクリスマスパレードの首謀者だったけど、進藤くんは「俺には必要ないですよ」って言っていたような・・・?
午後から観光。といってもここまでくると思い出を濃くすることしか考えられず、青蓮院と横綱ラーメンで午後が潰れてしまった。天気が悪くて自転車では行動できず、かといってバスが億劫なのでタクシーを使ったのだけど、京都の碁盤部分でタクシーってのはあんまり機動的な乗り物ではないのがわかった。明日は晴れるといいな。
夕方から翠と飲み。翠はUSJに行ってきたそう。いいなあ。水上孝樹(みなかみ たかき)さんが婚約者にすっぽかされたというので代打になったらしい。でも土曜日で混雑、そして午前中雪が降っていたのであんまり楽しめなかったそうだ。それでも日付指定チケットだから消化しないと問題になるしということで水上さんが来るべき本番に備えてメモする付き添いをしたという。そのメモはもらいたいところだな。
水上さんは先週水曜からこっちに来て、火曜日までいるという。目的は石集め。ゴンドラを怪物が壊さないように、風化しないようにと大量の石で強化するために連日第九層に潜っている。街全体がゴンドラ設置に向けて動き出して活気が出てきた。なんとなく、変動相場是非の投票は圧倒的多数で可決される気がする。第一期の最初の頃は粗野だが大変な挑戦の意気――フロンティアスピリット?――があったと神足燎三(こうたり りょうぞう)さんという最古参の戦士は懐かしく振り返るが、今の空気はその頃に近いのだそうだ。
縦穴のイメージ画は相変わらず蔓延している。それを見るたびに先月一九日、救助隊が下りたあとの防衛の時間を思い出す。西野さんたちの死はゴンドラを設置するためのものではないし本人たちもそんなこと望んではいないだろう。それでもその死が何か大きくて前に向かうための物を産んだと思えれば少なくとも俺の心は和らぐ。


明日投票に行くつもりだ。