田中元康(たなか もとやす)はこの街に来てまだ二週間の戦士でしかない。実戦の経験も街での知名度も明らかに低いことはわかっていたがこのトーナメントに参加したのはやれると思ったからだ。相手を絶命させることを目的とする地下の戦闘ならばともかく、相手の急所に当てることで勝敗を決定する模擬戦闘であれば、小学生のときからずっと剣道を学んでいる自分に一日の長がある。これによって名をあげもっと上位の部隊へ移動してやるというのが目的だった。だから、一回戦の相手が津差龍一郎(つさ りゅういちろう)という迷宮街でも評判の巨漢だと知って喜んだのだ。
しかしこれは。開始線の向こうに立つ物体に冷や汗をかく思いだった。これはいくらなんでもあんまりだ。身体が大きいというたったそれだけのことがこれほどまでに人の心をかきみだすとは。弱気になる心を叱咤した。だからこそ自分が彼を華麗にしとめたときの効果は大きいはずだ。心を落ち着け舌なめずりをする。
「始め!」 審判役の戦士の声に、挨拶代わりに軽く木剣を打ち合わせた。
「な!?」
ほんの軽く打ち合わせただけなのに。同じ木剣なのに。ちょっとした触れ合いの結果とは思えないほどに剣先が揺らされ、手首が翻弄される。そして強い衝撃が走った。観客席がどよめいた。
空を見上げる。天高く、地上5mくらいだろうか。そこで回転している棒は、あれは自分の木剣なのだろうか? 確かに手元にはもうないのだが、いったいいつ弾き飛ばされた?
切っ先を自分の喉元にぴったりとあてたまま巨漢は軽く腕を伸ばし、落下してきた木剣を受け止めた。歓声が沸きあがった。