明日はいよいよ初陣だ。これが最後の日記になるかもしれない。もちろんそんなつもりはないけれど。
今日は午前中に道具屋で装備品を受け取り、午後から集団戦闘の訓練をした。二対一で片方が動きを止めて片方が打ち込むとか、アイコンタクトで前衛が後衛をかばうなどだ。そして魔法を実際に使用した際の前衛の動き方も練習した。結果は上々だと思う。
まずは装備品から。基本的に探索者の着る物は同じで、フードつきのツナギになる。色は各人自由に選べて追加予算を出せば柄をつけることができる。生地は頑丈な帆布に金属の糸を織り込んだもので、防弾チョッキに使用される材質らしい。ツナギにはいたるところに円形のカラビナが生えており、たとえば専用のリュックをそこに引っ掛けたり、生地が破けた場合はそのカラビナで予備の生地を止めるのだそうだ。翠がいそいそとキツネのしっぽのようなアクセサリーを尻からぶら下げていた。そういう楽しみ方もあるということか。葵や児島さん、常盤くんなどの着るものは、彼らは俺たちより体力的に劣るし、集中力を妨げるということで薄手のものだ。俺たちのは分厚く重く、脛には堅いプラスチックの装甲が施されている。利き腕の反対側には剣道の篭手のようなものをつける。これはアルミかチタンか、とにかく軽くて硬い金属で覆われていた。
頭はお椀のような交通安全用ヘルメットのようなものに、左右と後頭部を覆うようにツナギと同じ生地がたらされている。結構重い。そして剣。
訓練のときから木の剣を使っていたことからもわかるように、ここでは剣を使って相手を殴る。なんで銃を使わないのか? と訓練場の橋本さんに訊いたことがあるが、返事は「高いから」ということ。それに一般人に拳銃を使わせる法的手続きは、この迷宮街の治外法権的な性格から不可能ではないけれど、そして資金が潤沢な熟練探索者は銃を携帯しているらしいけれど、練習から実戦まで個人でまかなうにはお金がかかりすぎるのだそうだ。法的手続きをとるためには20回の探索経験と50万円の手続き費用が必要と聞いて考えるのをやめた。
で、剣だ。イタリアの美術館にあるようなものを想像していたけれど実際に渡されたのは大変無骨な、両手で握れる柄から切っ先までが一本の型で作られたとわかる鉄の塊だった。刀身は完全に研ぎあがっていたが、柄には自分で気に入ったグリップを巻くのだということ。俺は訓練場で慣れていたコルクを巻くことにした。
サイズ/重量ともに訓練場で最適値を出していただけあって、振るっても身体がよろめくということはない。各人へのオーダーメイドを徹底するために美観は考慮しない、ということだろう。ちなみに一式で16六万円である。探索者用のローンがあって、年利15%でツケにできる。バンドの二人は利用していた。俺は一括。そろそろ貯金が少なくなってきた。ちなみに郵便局や主要銀行と地元の信用金庫は迷宮街内部に窓口を持っているからお金を下ろすことに問題はない。
鞘は皮製で、十字状の鍔にボタンで引っ掛けるようになっている。鞘にもフックがついていて、好きなところに止めることができる。俺はとりあえず左腰に止めることにした。
青柳さんの装備も同じだったが翠は家伝の日本刀を用意してきている。刀身は60センチくらいと俺たちのものと同じ程度だけど、比較にならないほど細かった。打ち合ったら折れてしまいそうだ。
その後で術者たちの訓練場(境内と呼ばれている)に移動して集団戦闘の練習をした。なんといっても初めて目にする魔法というものに度肝を抜かれた。魔法使いや治療術師が操る力には、ある一点を中心とする円形の空間すべてに影響を与えるものが多く、油断すると接近戦闘中の俺たちも当然巻き込まれてしまう。そのために術者は大声でカウントし、あらかじめ教えられている効果範囲とそのタイミングを考慮して俺たちは自己責任で避難しなければならないのだが、それは実際にやってみないと難しいのだそうだ。普通だったら全員が初心者のはずで、そうすると初歩の初歩、相手を金縛りにする魔法を練習用として使う。しかし何しろ初心者では一日に二〜三回しか使えないため回数はこなせないし実際効果が及ぼされている空間を視覚で判断もできないために、実戦で敵と一緒に棒立ちになるケースが続出するらしい。俺たちの場合は魔法使いである葵が家庭の事情で熟練しているので火の海を作り出す魔法で練習できた。
そう。目の前で魔法を見たのは初めてだった。もうなんといって表現すればいいものかわからない。葵の作り出した火の海は中規模範囲の魔法では威力の弱いものらしいが、目の前でガス爆発が起きたらこんな感じかな、と思えるような熱風と輝きだった。俺たち前衛は効果が消えると同時に残敵掃討のため飛び込まなければならないのに最初の二回は(翠も含めて)そんな勇気も出ないほどだった。葵のお陰で七回も練習できたから慣れたけど、こんなものを実戦でいきなり出されていたら呆然としていたと思う。俺はやっぱり恵まれている。
ところで小林さんが俺の顔を見たとたんに笑い出してしまったのだが、俺は昨夜何を言ったのだろう? まったく思い出せない。