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ぱっと見た限り普通の地方都市って感じなんだな、というのが夕方から歩き回った木村ことは(きむら ことは)の印象だった。あえて違いを探すなら車の往来が少ないから車道を平気でママチャリが走っていること、道行く人間のうち肥満者の率が甚だしく低いこと、外国人と老人が見られないこと、きちんと区画整理されて猥雑さを感じさせないことくらいだろうか。あ、あとこれだ、とコンビニの棚の前で思う。健康系の雑誌がものすごく多種にわたり並んでいる。やっぱり身体が資本だからだろうか。そして成年男子向けの雑誌の種類が少なかった。狭い街のたった一軒のコンビニでは男たちも買い控えるのだろうか?
うーん、と12月24日発売の雑誌『ターザン』の表紙を眺める。東京で気になったが買えなかった本だった。旅の恥は掻き捨て、ここで買っていこうか・・・手を伸ばした。
「あれ? 木村さん?」
雑誌をもったまま凍りつき、おそるおそる横を見るとそこには見知った女性が立っていた。東京に遊びに来たときに会ったことがある彼女の名前は笠置町翠(かさぎまち みどり)という。ゼミの仲間の近況日記の中ではなじみの深い名前だったが、彼の日記が一般お断りになってからは少し安否を気にしていた。無事に生き延びているらしい。
「あ、ああ、翠ちゃん」
さっと雑誌を背後に隠し笑顔を浮かべた。
「木村さんも来てたんですか? 由加里さんは今朝までいましたよ」
「うん、知ってる」
「真壁さんと一緒じゃないんですか?」
「いや、せっかく知らない土地に来てるのにあんな顔見てもしょうがないよ。迷宮街を見てみたかったから来たわけだしね」
あんな顔って、と翠は苦笑した。そして不意に表情が翳った。
「真壁さんって東京にいた頃とは変わったんですか?」
うん? と駅に着いてからの同級生との会話を思い出した。確かに動作対応に余裕ができた気がする。でもそれは、三日に一回のチャンバラを生き抜いて当然自信もついた結果だろうと思っていた。わからないねと答えた。ホテルに部屋取らせてそのまま追い払ったから。ひどいな、と翠は苦笑した。
「由加里さんが気にしてたみたいなんです。東京に戻ったら木村さんも気をつけてみてくれませんか?」
そうだね、と木村はうなずいた。一時はこの娘が二人の障害になるのではと思ったこともあった。しかし目の前で真剣に気遣う表情はそれが杞憂だと教えてくれている気がする。気をつけるよ、と笑った。女剣士は微笑んだ。
そして視線を下に落とした。
「・・・ええと、一冊買うのも二冊買うのも同じですよね。ね? 私の分も買ってくれませんか?」
やっぱり気づかれていた。木村はため息をついて同じ雑誌をもう一部手にとった。表紙にはその号の特集が大書してある。
そこには「あなたのSEXは最高?」と書いてあった。