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コーヒーカップを持ってコタツの脇に行くと、神野由加里(じんの ゆかり)は携帯電話の画面をじっと見つめていた。さっきからずっとこれだ。誰からのメールを待っているの? 二木克巳(にき かつみ)がそう問い掛けると、うん、と生返事で携帯を渡された。画面を見る。発信者にこの娘の名前があるところから、誰かへ送信したメールだとわかった。


『おはようございます、由加里です。啓一が今日街を離れるのに、日記にみどりちゃんのことが書いていないのがちょっと心配になりました』


視線を上げる。恋人は難しい顔をしたままだ。これって、お前――。反応はなく、読み進める。


『みどりちゃんは私がもう啓一と別れて二木君とつきあっていることを知っていますか?』


「私はね」 コーヒーの湯気を顎に当てるその顔は苦しそうだった。
「私はね、やっぱり啓一のことが大好きなんだよ」 そして小さな声で怒る? と問われた。克巳は軽く微笑んで視線を画面に戻す。


『もし知らないのなら、お願いだからみどりちゃんの方から歩み寄ってあげてくれないでしょうか。啓一はバカだからヘンなことにこだわるし、いつも頭で行動するし、バカだし、変な気を使うし、なんかプライド高いし、』


・・・大好き? これが? 苦笑して顔を上げると怯えたように反応をうかがう視線とぶつかった。
「俺も啓一のことが大好きだぞ。妬けるか?」
いや、妬けるわけないじゃない。苦笑する。克巳も笑った。


『みどりちゃんに私のことを言わなかったのならば、それはみどりちゃんのことが大事だってことだから。みどりちゃんの気持ちはわからないけど、もし他にいま好きな誰かがいなかったら啓一のそばにいてあげられないでしょうか。せめて、連絡をとりあうくらいには』


克巳は暖かい気持ちで小柄な娘を見つめた。そうだろう? 妬けないだろう? 同じように俺だって怒らないよ。俺たちがあいつを大好きだなんて当たり前のことじゃないか。


『そっちの状況が全然わからないでピントはずれかも知れません。そうだったら笑って消去してください。大好きです。啓一も、みどりちゃんも。だからお節介しました』


メールはそこで終わっていた。克巳はぽんと手のひらをその小さな頭に置く。
「いや、やっぱり少し妬けるな、ああ」
由加里は目にいっぱい涙を湛え、顔をくしゃくしゃにして笑った。