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朝ご飯は食べない主義だったが、売店を見てたまにはいいかなと思った。最後になにか、京都駅でしか買えない駅弁を買っていこう。やっぱり旅は駅弁だと思う。コンビニでおにぎりやパンを用意したほうが割安だとはわかっているが、そこでしか買えないものは従うべきだ。
メニューを眺めていたら鮎寿司が視界に入ってきた。少し胸が痛んだ。かつて、京都の高級な料亭で鮎寿司をご馳走した顔を思い出したからだ。当時恋人だった女性は感動で瞳をうるませて美味しい美味しいと喜んでくれていた。
次いで口元が楽しげにほころんだ。もう一つの思い出が浮かんだからだった。あれも京都駅だった。ホームはこことは違い、東京への新幹線ホームだったけれど。
「鮎寿司一つください」
聞き覚えのある声。似た声のひともいるものだとそちらを向く。笠置町翠(かさぎまち みどり)の顔を呆然と見つめながら、聞き覚えのあるのも当然だ、と納得した。翠は肩で息をしている。
「――どうして、ここに?」
両手を膝につけてちょっと待て、と身振りで示された。
「――餞別くらい、買ってあげようと思って」
そして荒い息の中で鮎寿司ご馳走するよ、と。車内で食べなよ、と。
「いや、そうじゃなくて――ああ、ええと、ありがとう。――いやそうじゃなくて」 あたりを見回す。
ここって山陰行きの普通電車のホームだよ。どうしてここにいるのがわかった?