酒場では道具屋のアルバイトの小林桂(こばやし かつら)さんの送別会が行われている。最初の予定では昨日が探索者ではない友達とのもので今回が探索者達とのものという話だったが、見る限りそんな区別なく皆で小林さんの門出を祝っていた。中では真城さんが一番陽気に騒いでいた。俺と翠はいたたまれなくなって早々に場を抜け出した。真城さんに、笑顔でいられないなら消えろと言われたからだ。「この街に笑顔で来る人間も出て行く人間もほんとに少ないんだ。お前たちは彼女に昔何が会ったのか知らないだろうけど、小林さんにとって、笑顔でこの街を出て行く最後のチャンスなんだ。邪魔をするならあたしが相手になるよ」 自身が恋人を失った直後、赤く泣きはらした目をカモフラージュするために酒を大量に飲んだ女性にそう言われて誰が逆らえるだろう。
恩田くんの部隊が遭難した。生き残った鈴木さんによれば、第二層で強制移動させる罠にひっかかり、第四層の未到達地域に飛ばされたのだそうだ。決死の覚悟で西野さんと鈴木さんが迷宮内部の縦穴を登りきり、俺達が救助隊を組んだ。俺や翠の役目はたて穴のふちで縄梯子が切断されないように守ること。俺、翠、津差さんという第二期でも屈指の戦士がいればそれは難しいことではなかった。
小林さんの門出を何より大切に――できたろうか? 感づかれなかったろうか? 翠と先にお暇するときお幸せにと挨拶した小林さんは、微笑んでからこう言ったのだ。モルグに戻ったら、今泉くんに言っておいてもらいたいことがあるの、と。あの絵はやっぱり彩ちゃんにもらってほしいから、もしどうしても欲しかったら他の絵を描いて届けるって、と。俺は必死の思いで「伝えます。文句は言わせません」とだけ言って笑った。
誰に伝えればいいのだろう。今泉くんたちの遺体は回収できなかった。噛み破られたツナギが散らばる中、遺体どころか血の一滴まで嘗め尽くされていたという。ただ全員分の荷物が彼らの死亡を伝えていた。
救助隊が縄梯子を降りるほんの十数分、その差で彼らは命を落としたのだった。
ご両親には明後日来てもらい、モルグにある遺品だけを渡すことになる。今泉くんの両親と小林さんは面識があるそうだ。万一を考えると明日来てもらうわけにはいかないのだ。