田垣功

 11:47

どんなにきっちりとルールが決められていても、いや、決められているならなおさら細かなところで目こぼしの余裕は必須だと巴麻美(ともえ あさみ)は考えている。それは事務員でも同じこと。違うのは、事務員相手のお目こぼしはささやかなもので済むというこ…

 16:22

まだ日の高い午後四時だというのに店内は半ば以上が埋まっていた。さらにソファ席から届いてくる笑い声は彼らが十分に酔っていることを想像させる。見知った顔が開いたドアの下にある自分を見て凍りついた。新郎の上司にあたるその顔は田垣功(たがき いさお…

 18:30

「最近すっかり腰が痛くてねえ」 義理の父になる予定の男性のそんな言葉に不思議な既視感を覚えた。義理の兄になる男性がそれをたしなめる。毎日働きもせずごろごろして、それでいて飯だけはたっぷり食ってりゃ身体も悪くなる、腰なんかはらぺこでぐっすり寝…

 14:25

今年から開始したハウス栽培の苺はどうにか売り物になってくれそうだった。これで来期にはもっと作付けを増やせるだろう。 竹で編んだ籠に農具をつめ、満足しつつ家に戻った笠置町隆盛(かさぎまち たかもり)を見知った顔が出迎えた。おお、と笑顔を浮かべ…

 18:37

連休のうちに電話で快諾を伝えてはいたが、それでも出勤して立ち上げたグループウェアソフトに自分の辞令を知らされたときにはさすがに言葉に詰まった。 後藤誠司。 一二月一五日付けをもって右を関西営業部京都支店迷宮街出張所長に命ず。 懇意にしている田…

 10:24

自動ドアからこぼれてきた空気は暖かく、巴麻美(ともえ あさみ)はほっと息をついた。ここ数日というもの関東地方には寒冷前線が停滞しており、少しおおげさかと思った冬物のコートも内側がニットのノースリーブのセーターでは少し物足りないくらいだったの…