苦笑とともにもらした呟きは同席している人間に意外に感じられたらしい。双子の妹である笠置町葵(かさぎまち あおい)が代表して問いかけてきた。
「国村さんがちゃっかりしてるって・・・どういうこと?」
笠置町翠(かさぎまち みどり)はその言葉に妹の顔を見つめた。視線を隣に座っている神田絵美(かんだ えみ)と野村悠樹(のむら ゆうき)にも滑らせたが二人もまた自分の呟きを不審に思っているようだった。翠は一瞬考えて答えに思い当たる。葵、と妹に尋ねた。
「国村―佐藤戦のあとで、国村さんと橋本さんが話した内容は聞こえなかった?」
否定された。何か話しているのは知ってたけど。そういう答えだった。
一瞬の判断の緩みで明暗が分かれるのが地下での探索行為であり、優れた実績を残している人間は総じて外界に対する観察力が鋭かった。たとえば、この神田という魔法使いは翠の気分がふさぎこんでいる時、たとえ妹の葵が気づかないようなかすかなかげりであっても気を使ってくれる。野村の感覚について詳しくはわからないが、今はもういないある第一期の戦士とともに自転車で街を走ったときなど、カーブの向こうが見えているかのように車の接近を察知することに驚いたものだった。野村もその戦士と同じ精鋭四部隊の一角を担っているのだから同じだけの鋭さはあるはずだ。しかし神田も野村も首を振るだけだ。そうか、聞こえていなかったのか。
その試合、自分はセコンドとして最前列に陣取っていた。だから同じように最前列に座っていた神田と野村は聞き取っていたと思っていたのだが。自分の聴覚が常人よりもはるかに優れていることは知っていた。ともに人間の規格外にいる両親のどちらかから受け継いだものなのだろうが、あまり嬉しい贈り物ではなかった。飛び込んでくる物音にはいくつもの種類があり、その中にはため息と舌打ちも当然含まれる。見知らぬ誰かのものであってもため息と舌打ちは翠の心を落ち込ませた。
しかし今はちがう。種明かしの愉しみとともに答えを教えてやった。国村さん、橋本さんから言われてたんですよ、と。佐藤さんにチケットを譲ってやるようにって。国村さんは不服そうだったけど、橋本さんに口答えできるなんてこの街じゃ由真ちゃんくらいだからね。
そうなんだー、と神田が苦笑した。
「チケットなんか気にしてもいないような、そうやって言われないとわからない態度だったわね」
野村もうなずいた。そう。国村は実はチケットに執着していたのだ。しかしそれを毛ほども出さなかったから却って評価を高めた上でチケットも確保することができた。見事な立ち回りといえる。
ふーん、と立ち去る国村の背を眺めていた妹があ、と声を上げた。あそこ、孝樹兄ちゃんがいる。
「え?」
慌てて視線を追うと従兄の水上孝樹(みなかみ たかき)が出口に向かって歩いていた。担いでいるのは旅行かばんだろうか? たった今到着したのか、これから帰るのかどちらかだろう。
「今日、こっちに来てたんだ――翠?」
翠は立ち上がっていた。コートかけのコートのポケットから賞品のチケットをつかみ出す。
「翠?」
妹の声を背に聞きながら足早に進んだ。通り過ぎる雑音の中になじみの深い笑い声が混じっていた。まったく普段どおりの馬鹿笑いが、その男が自分にいま意識を向けていないことを教えてくれる。名前を呼びながら追う妹があって足早に歩いているにも関わらず気づかないのだろうか。
目指す従兄は当然のように笑顔で親戚の姉妹を迎えていた。孝樹兄ちゃんは気づいているのに! お前はそれでも第二期のエリート戦士か情けない! 気づけ!
かつての思い人に気づかれていることを喜ぶより前に、相変わらず続く仲間の馬鹿笑いになんだか腹が立った。