迷宮街だけではなく地下までもクリスマスに突入。
何かというと、葵のツナギが「クリスマスバージョン」になっていた。ベースを赤に、フードのふち、袖、足首、ウェストラインが白いというもの。書き忘れていたけどツナギの色は基本料金で各人自由に選べる。たとえば俺はオレンジだし翠は明るい緑色(それが翠という色なのかどうかは今泉くんに訊かないとわからない)、葵は明るい青だった。児島さんは――あれ? 前に書いたか? まあいい。一色で塗りつぶすなら基本料金でやってもらえたけど模様をつけるには追加料金として二万円ほど必要。それでもお金持ちの多い迷宮街のこと、独自ツナギは根強い人気を誇っていた。葵もずっと青一色だったけれどクリスマスに合せてサンタを真似たのだろう。ちなみに他に目立つツナギといえばやっぱり真城さんだろうか。この人はなんと豹柄。あんまりといえばあんまりだけど、ネコ科の肉食獣の装束はこの人の速くスムーズな動きにすごくよく似合う。他には越谷健二(こしがや けんじ)さんが印象的。この人は人体の筋肉図だった。なんでも好きなスポーツ選手が昔こういうユニフォームを着たらしい。この人は訓練用のツナギも作っていて、そっちはシマウマの模様である。だからこの人がいるとなんとなくほのぼのとする。
サンタ効果でもないだろうが、今日も無傷で探索を終えた。いなばやカンフーという高速な化け物にも全員が対応できている。青柳さんは相変わらず一振りでいなばを粉砕(文字通り)しているし、翠は最近、生き物を両断しても刀身に血脂がつかなくなってきた。俺は――特にこれといった成長もなく。でも問題もなくついていっている。いなばが三匹出てきて、葵の援護が出る前に一人一匹ずつしとめたことでなんとなくこの階層はもう終わりでいいかという雰囲気になった。俺の気分としては、早く第三層に降りてみたいというところ。というのも第一期の探索者には第二層で進行が止まってしまっている人たちがたくさんいるから。彼らはもともと第二層まででいいと思ってこの街にきたのだろうか? もしかしたら中にはそういう人間もいるかもしれない。けれど、大半は第三層に挑戦して(あるいは話を聞いて)くじけたのだと思う。であるならば、このメンバー、この士気で進みたいと思ったのだ。越谷さんや真城さんといった既に第四層に達している部隊からは問題ないとのお墨付きをもらっていた。あとはきっかけだけ、勢いだけの問題だった。そして今日は誰一人怪我を負わずに地上に戻ってこれた。青柳さんも同じことを思ったらしく、五時から北酒場でミーティングを行うことにした。
テーブルにケーキ(俺と葵だけだが)とお茶を用意し、経験豊かな先輩探索者の越谷さんと落合香奈(おちあい かな)さんをお迎えしてスタートしたミーティングは、第二層に降りることについての意見を越谷さんに訊いた時の「だいじょうぶじゃないの? 笠置町さんいるんだし」とは違い真剣な雰囲気で進んだ。ちなみに落合さんは、探索者相互の掲示板の怪物情報に一番意欲的に書き込んでいる方で、この人がハンドルネーム『エジンバラ公』だと越谷さんに紹介された瞬間に全員が同席してもらう価値ありどころかお願いしますと唱和した観察力と表現力の人である。文体と名前からてっきり男性だと思っていたんだけど。
化け物にも相性があるようで、群れの規模、群れが同行するパターンなどはあらかた経験によって明らかになっていた。そのすべてのパターンを考えて客観的に自分たちの能力と比較して挑戦が無謀じゃないかを話し合った。問題は通称もそのままクマというワーベアーという化け物が最大で八体出てくる場合、緑竜と呼ばれている緑色のトカゲ、信じられないことに(おとぎ話の化け物みたいに)高熱の硫化水素ガスを吐き出してくるこのトカゲに不意を討たれた場合、動きも速いカンフーたちが最大30人くらいで襲い掛かってくるという悪夢のような場合、その三つに焦点が絞られた。まあ、と越谷さんは楽観的に笑った。葵が身につけている魔法、一瞬だけエーテルを変質させることで普段エーテルになじんでいる迷宮内の怪物をすべて殺してしまう術さえあれば、大量に出てきてもどうにかなるという。「俺たちがはじめて三層に降りたときには笠置町姉妹はいなかったし、剣の腕も真壁と同じくらいだったよ。君らは恵まれている」「だったねー」二人は昔同じ部隊にいたそうだ。確か真城さんとも同じ部隊だったんだよな、越谷さんは。一年もいれば死別でなくても人間の移動はあるのだろうか。俺たちもそのうちばらばらになるのかな。
「まあ、俺たちのレベルでも緑竜に不意打ち食らったら誰か死ぬし。でもお前さんたちはもういい時期だと思うよ」
からっと笑う越谷さん。絶対安全を地下に求めるほうが間違っているのだろう。心身の調子が悪ければ、笠置町翠ですら梅ジャムに飲み込まれるのだから。
うーん、と判断を保留したバンドマン二人も実際は乗り気のようだった。自分の命がかかっているんだから、俺たちに遠慮して決められたらこっちが迷惑だからな、という青柳さんの一言で場を解散した。そのまま葵、俺、越谷さん、常盤くん、落合さん、鈴木秀美(すずき ひでみ)さん、珍しいことに道具屋の小林桂(こばやし かつら)さんも加わって宴会になった。どういう縁かといえば落合さんと鈴木さんは部屋をシェアしていて、鈴木さんは小林さんになついているらしい。小林さんに何かいいことあったんですか? と訊いたら右手の薬指をあげられた。婚約指輪なんて生まれて初めて見た。越谷さんの悪い癖で(この人は男なのに花とか宝石とかが大好き)指輪の質、似合う似合わないの品評をはじめそうになったのを感じて首根っこをつかんでバーカウンターへ。そのまま津差さんと、若いバーテンの小川さんという方と四人でおしゃべりをした。
「真壁さんひでえよ、男一人おいていくなんて」
モルグで常盤くんに言われたセリフがこれ。彼はくそまじめな面があるからうまく外せなかったんだね。目の前で結婚のドリームを咲かせつづける女たちはつらかっただろうけど、いい人生勉強になったんじゃないかな。