2004-01-14から1日間の記事一覧

 23:52

この匂いは――セリムはぱちりと目を開いて家から飛び出した。いつも遊んでくれる人間だ。ブラシをかけてくれて、家を掃除してくれて、たまには散歩に連れて行ってくれる。食事を与えてくれるご主人様と同じくらい大好きな人間だった。 「セリムー。元気?」 …

 23:42

もう何度目か忘れたくらい発信ボタンを押した。返ってくるのは相変わらずの呼び出し音だった。ため息をつきもう一度リロードのボタンを押す。相変わらず、昨日の日付の日記が再表示された。 携帯電話を繰り、一つの電話番号を表示させた。しばらくじっと見つ…

 18:03

トン、トンとキーボードの端を指で叩いている。この椅子に座ってから一五分、いつもなら一日分の日記を書き終えて席を立っている頃だ。しかし今日は一文字も書くことができずにいた。大きく伸びをして、真壁啓一(まかべ けいいち)は視界の隅に立っている人…

 16:23

この数日は菜食だけで過ごし日々の半ばを瞑想に費やしている。高度の精神集中の末に研ぎ澄まされた心身には熱と活気が渦巻く鍛冶場は辛かった。今日の分の集中がこれで台無しだろう。理事はいい顔はしないはずだった。それでも外出したのはあるの男性の様子…

 14:35

会話をしたことはなかったが面識はあった。先月の半ば頃、探索者の救助にすこし協力した際にその場にいたからだ。その翌日にも妻と食事をしているときに女帝真城雪(ましろ ゆき)にくっついて挨拶にきたはずだ。理事の娘で――名前は、翠。そう。笠置町翠(か…

 11:25

敵は手加減してくれないのにどうして教官が手加減しなければならん? 父親の口癖だった。だからその教えを叩き込まれた鈴木秀美(すずき ひでみ)もまた、訓練場では一切の手加減をするつもりはなかったし、戦乱の世の中でもなし、他に職はいくらでもあるこ…