国村光

視線は向かいに立つ神足燎三(こうたり りょうぞう)にすえたまま、両腕を頭の上で組み右の脇を伸ばそうと肩を傾ける。自然に突き出された腰が何かに当たり、その何かは小さい悲鳴を発してどさりと何か大きなものが床に投げ出される音がした。国村光(くにむ…

渡されたペットボトルに礼を返し、国村光(くにむら ひかる)は試合場のはずれに視線をやった。行き交う人のために見たいものを捕らえることはできなかったが、人の流れがそこにあるべきものにまったく注目をしていないところからそこでは何も行われていない…

両腕は軽く曲げられ顔の前に挙げられる。それを振り下ろすと同時に膝がたわみ、腰の位置が全く前後することなく垂直に下に落ちた。落ちるといってもその速度はあくまでゆっくりと、その人間が制御している動きだと見ていてわかる。落ちる腰は速度の増減なく…

しんと静まり返る中を橋本辰(はしもと たつ)は大の字になっている若者のもとに歩いていった。序盤の試合は知らないが彼が審判をするようになってから初めて明らかにそれとわかる怪我だったからその沈黙も仕方がないのかもしれない。しかしそれを圧して空気…

初め、という声と同時に目の前の若い戦士が地を蹴った。そうだ、と闘いの場でありながらも国村は教師の思いでその動作を見守っていた。そう、俺は身体がまだ本調子じゃない。お前の渾身の動きにカウンターを当てられるような状態じゃない。そう判断したなら…

苦戦はしないだろう。国村光(くにむら ひかる)は当初そう思っていた。 猫を相手に心を落ち着かせていた先ほど、第二期最強の戦士たちが三人のこのこと雁首そろえてやってきた。彼らに次の対戦相手である佐藤良輔(さとう りょうすけ)について訊いても対面…

迷宮街のスーパーにはいくつか他の店ではあまり売られていないものが並んでおり、しかもその回転率が早いことがある。そのうちのひとつに猫じゃらしの棒があった。子どもの頃ドイツで暮らしていたことのある探索者が「マルタみたい」と評したことのあるこの…

大盛りください! という言葉はその服装に対して三峰えりか(みつみね えりか)が想像していたものとはアンバランス、しかしそれは嬉しい違和感だった。小さな割り箸を両手で握りしめる顔はにこにこと期待に満ちておりそれは例えば10年前の大晦日に自分がお…

殺してやる。そこまで考えて狩野謙(かのう けん)は愕然とした。自分のその危険な感情はどう考えてもこの空間にふさわしいものではなかったから。不自然なものだったから。どうしてそんな気分になった? 胸の奥にわだかまる土色の感情はそのままに自分の心…

メールでこの祭りの事を知り、夕べは一睡もせずにプレゼン資料を作った。それは本当は、今日一日かけて作ろうと思っていたものだ。なんとか完成し、頼み込んで1時間早くに出社してくれたアシスタントに業務指示を出してから、新幹線社内では他の案件への下調…

背が高い人のことをあまり羨ましがったことはなかった。三峰えりか(みつみね えりか)は身長144cmであり女性の平均身長ですら160cmに達しようという現代で、その意識は奇異と人には思われるだろうがそれが実感なのだから仕方がない。成長が止まった中学生か…