第四層

 11:29

さ、次の術をと鹿島詩穂(かしま しほ)は気軽な気持ちで視線を移した。昨日の第二層の激戦とは違い、心身ともに余裕があるのはこの日のためにさらに投入された『人類の剣』たちの存在感のお陰だった。自分の師匠や兄弟子、初めて挨拶した数人。彼らが戦闘の…

 11:28

それを疑ったことはなかった。狩人としての自分の能力、狩組の指揮官の常識(さきほど死んだ。ざまを見ろ!)、稼ぎを待っている妻たちの貞節、現在臨時に同盟を組んでいる隣りの村落の行動、いまこの瞬間でもこれだけ疑う対象があったが、これだけは疑った…

 12:23

もともと地下の温度は低く零度に近い。それでも、のっぺらぼうと呼ばれるその化け物が現れるとさらに二〜三度涼しくなるような気がした。こいつは地上に持っていったらクーラー代わりにならんかしらね、といつもどおりにのんびりと考えて、高田まり子(たか…

 12:22

「津差さんは、まあ、当然だな」 その言葉が頭にこびりついている。精鋭四部隊の一角、魔女姫こと高田まり子(たかだ まりこ)が率いる部隊の罠解除師のコメントである。精鋭部隊へ第二期で侵攻意欲があり優秀な人間を出稽古させようという試み、まず一人目…

 13:40

自分の女運は最悪だったな、と今泉博(いまいずみ ひろし)は昔を思い出していた。思い出は女性の顔をしていた。それらは一つではなく表情もさまざまだったが、すべてに共通するものがあった。自分を見つめるときの、隠そうともしない侮蔑の色がそれだ。 県…

 11:10

奇妙に聞こえるかもしれないが、連戦連勝とは強さを意味しない。もちろんほとんどの場合それを成し遂げるには秀でた能力が必要だったが、あるいは強運によって対戦相手に恵まれただけ、ということも考えられるからには強さを保証してはくれないのだ。本当の…

 10:33

迷宮内部で一言に怪物といっても三種類がいる。一つが知能のない、野獣と同じく餌をもとめて徘徊する「化け物」という言葉が似合うものたち。二つ目は二足歩行をして道具を使うものたちで、これはある種の文化社会を地下に築いているようだった。そして三つ…

 09:32

…・…保持したはずの岩が根元から外れた。バランスを取り戻そうと伸ばした腕が、逆に距離感を失って壁面を押してしまう。自分は落下するのだ、と西野太一(にしの たいち)は落ち着いて考えた。墜落の浮遊感は何度経験してもいい気分のものじゃない。自分の身…

 13:56

かぶとの類を身につけている相手には決して大上段で切りかかってはいけない。かぶとは衝撃を受けとめるためではなく流すために作られている防具であり、振りおろした剣が逸らされたら一秒は無防備になってしまうから。訓練場の橋本辰(はしもと たつ)に何度…

 14:10

「星野二尉!」 階級つきで呼びかけられてほんの少し戸惑った。地上の詰所ならともかく、このなめらかな岩壁に囲まれたひんやりした空間でそう呼ばれることは最近少なかったからだ。 ここは迷宮第四層。現在のところ、探索者たちが到達している最深部にあた…