2004-01-01から1ヶ月間の記事一覧

 13:25

お前のそれいいなあ、と呟いた声は低く小さかったために津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はまず自分の正気を疑った。化け物たちはさすがに力押しの愚を悟ったか今では50メートルほど離れた個所で陣を敷き、しきりに威嚇の声をあげている。それは絶えること…

 13:06

ちょっと、ごめん。呼ばれてやってきた南沢浩太(みなみさわ こうた)はそう断ると床の上に大の字になった。たちまちのうちにいびきをかき始める。その姿に真壁啓一(まかべ けいいち)は自然と頭を下げた。自分が無茶を言っていることがわかったからだ。 大…

 13:00

完成! 嬉しそうな声に、油断なく濃霧地帯に置いていた視線を後ろにやった。事業団理事で優れた魔女である笠置町茜(かさぎまち あかね)が設置なったゴンドラの中で笑っている。すでに第一層の工事は終わっており、その場には進藤典範(しんどう のりひろ)…

 12:59

熱意に満ちた顔が再び意見を上げに来た。この男は、とその正義感は好ましく思いながらも苛立ちを抑えられない。星野幸樹(ほしの こうき)は部下にあたるその士官を睨んだ。 「俺たちにも防衛に加わる許可をください!」 やかましい、と取り付く島なく無視す…

 11:04

一体何匹いるのか。数度の突撃を受け止め跳ね返し、疲労で朦朧としている頭で思った。隣りでやはり肩で息をしている笠置町翠(かさぎまち みどり)が「ちょっとごめんなさい! 休ませて!」 と叫んだ。俺もそろそろ休むか。しかし理事の娘が抜けて弱体化する…

 09:42

間断なく化け物たちは押し寄せてくるが通路の広さには限界がある。三部隊九人の戦士が並ぶと二〇mあまりの通路を全てふさぐことができた。陣形としては前衛で防ぐもの、傷ついたら交代するもの、さらに予備として九部隊二七人の戦士たちが順番に戦闘し、タイ…

 09:24

昨日から全てが信じられないことばかりだった。場所に限定して発生する、自分の手のひらも見えなくなってしまうような白い霧、それが一つの地帯だけにわだかまって動かないこと。噂では聞いたけれど、本当に人間以外の二足歩行の化け物が剣を持って襲い掛か…

 07:08

葵ちゃん! と嬉しそうな声がして真壁啓一(まかべ けいいち)はそちらを見やった。そこにはそろそろ壮年を過ぎようかという男性が一人立っていた。笠置町葵(かさぎまち あおい)に向かって笑顔を向け久しぶりだなあ、大きくなってと肩を叩いている。葵もそ…

 06:53

仲間の死には慣れている。地下は自分たちにとってあまりに過酷であり世の中には運不運というものが歴然としてあるからだ。しかし安置室に並んだ三つの屍を前にして津差龍一郎(つさ りゅういちろう)はやるせない思いを抑えられなかった。理由はいろいろあっ…

 06:42

秋谷佳宗(あきたに よしむね)の戦いぶりをさして「踊りのよう」と表現する連中は、当然彼のもう一つの顔を知っているからそういうのだろう。しかしそれを差し引いたとしても背筋が常に伸びて安定した下半身の動きは優雅な印象を見るものに与えた。しかしそ…

本日の警備終了。今日は9時から物資運搬作業、10時から職人さんたちの護衛を行った。そのまま俺たちは継続で11時〜14時までは濃霧地帯で警備。たまーに怪物の群れに遭遇するだけで特に問題なく。第一層なら別に怖いこともない。でもそんな余裕を言っていられ…

 二一時一七分

仲間たちが怪物を意識し警戒できるのは視界に入ってからのこと。数度の探索でそれはわかっていた。しかしこの濃霧地帯においては仲間たちの視界は著しく狭く、よほど近づかない限り警告しないことにしていた。往来する怪物たちの集団、その行動からこちらの…

 10:30

男の子なら誰だってあこがれる職業があると水上孝樹(みなかみ たかき)は思っている。「運転手さん」がそれだ。それもタクシーなどではなく電車やバスといった巨大なもの、飛行機や船という非日常的なもの、そして工事現場の機械を操作する姿も子どもの心を…

 08:20

洞窟というのだから富士のふもとの風穴や氷穴を思い浮かべていたが、それは良いようにも悪いようにも裏切られた。あれほどには狭苦しくなく、電気が完全に通っているので暗くもないことは嬉しい予想外だった。しかしライトは両側の壁から照らされるために自…

 07:08

分解できずに50キロを越える部品は重力遮断で重量を減らして運搬することになっていた。だから目の前の太い鉄柱を束ねた山はその対象なのだろう。こんな巨大な塊をどう運ぶのか想像もつかないが、ともあれ自分のするべきことをするだけだ。作業はいくらでも…

迷宮街が大変なことになってます。この街ではあまり見かけないトビ風のでっかいズボンはいた人たちが徒党を組んで歩き回っています。こちらが大人数で乗り込む以上先方からも組織的な反撃を受ける可能性がある、とは夕方から行われた緊急ミーティングで星野…

 21:35

もういちど隊員を召集したのはもちろん緑川浩一郎(みどりかわ こういちろう)の報告に不安を感じたからだ。とはいえ部隊のリーダーとして仲間の心配をしたわけではない。大量に投入される一般人作業員の護衛として地下に潜る部下たちの心配だった。くつろい…

 20:06

シャンプーを泡立てながらの鼻歌を、隣りでおきた妙な声がかき消した。うおっ! というそれは驚きと恐怖。決して銭湯で聞こえていいものじゃない。どうした? とちらりと視線を送ったらその男は浴場の入り口を向いたままぽかんと口を開けている。 名栗透(な…

 19:42

気をつけてね、と伝えて下川由美は受話器を置いた。昨日帰ってきたかと思った恋人は今日の昼番が終わった後また新幹線で京都に向かい、到着したとの連絡だった。今日は夜番なので昨日の夜恋人が職場に顔を出したときにちょっと話しただけである。その声がえ…

 12:13

水滴の音はほんのかすかなものだったけれど、それは広く大きく響いた。かき消すものがなければどんな小さなものでも存在を発揮するものだ。大迷宮第三層にあたるそこは完全な静寂に満たされていた。 無音はそのままに空気だけが揺らいだ。溶岩を思わせる床に…

今日みたいなことがたびたびあればいいのにと心から思う。今日一日の見稽古で俺は五倍くらい強くなった気がするからだ。今日のビデオ、徳永さんが会場に五台設置したカメラの映像は明日の夜には迷宮街内部ならネットで観られるらしい。そして来週にはビデオ…

 21:15

[怪物情報]⇒[日付順に並べる]とクリックする。ずらっと並んだタイトルを眺めたが、一番上にある書き込みは昨日、20日のものだった。明日からのゴンドラ設置作業に備えて第三層以下にもぐる部隊はほとんどが休んでいるはずだ。まあそれは当然か、と津差龍一郎…

 19:44

ジョッキがぶつかる音は常よりも大きく思えたが、常盤浩介(ときわ こうすけ)の心のうちには納得している部分もある。四角いテーブルの一角を占めた四人は四人とも目の前で激戦をたっぷりと見せつけられたのだから。うち二人、青柳誠真(あおやぎ せいしん…

 14:25

自分の肉体の威圧感はよくわかっているから普段はことさらゆっくり歩くようにしているし、穏やかに話すようにしている。それだからこそ子どもたちもじゃれついてこれるのだ。自分のような人間がせかせかと動いていたら誰だって危うきに近寄らずを採用するに…

 08:02

離れた床で柔軟をしていると、視界に見なれたブーツが入った。顔を挙げると仲間の女戦士である笠置町翠(かさぎまち みどり)が見下ろしている。当然のようにツナギに身を包んでやる気十分だった。 「真壁さん、聞いた? 賞品がつくって」 「へええ。どんな…

 07:12

ゆっくりと上げた脚、かかとが天に向いた。片足は大地に、片足は天にと伸ばされた黒田聡(くろだ さとし)の身体はまるで一本の棒のようにも見える。精鋭四部隊の中では『地下限定で』最強の戦士と呼ばれていた黒田だったが実際の身体能力は垂直に上げた脚が…

※最強トーナメントの実際に関しましてはネット版あるいは書籍版にてご確認ください。個人的には、書籍版のほうが大量に加筆されていて好みです。クドいともいいます。

今日は八時起き! もう本格的な探索はないのだと身体が知ったからなのか、モルグで六時に出て行く探索者たちの目覚ましや準備の音にもまったく邪魔されず眠っていられた。身体の方もきちんと早起きして動かないと命に関わると知っていたのだ。だから命の危険…

 11:08

記載されているURLは投票受け付け画面への直通だったらしく、自分の探索者番号とパスワードを打ち込んだ。表示される画面はシンプルなもので賛成と反対の二文字の下に二者択一のボタンが置いてあるだけだ。あとは自分の名前とコメントを書く欄もある。上…

 10:32

言いたいことはたくさんあった。つい先日会ったばかりじゃないか。不安ならどうして言ってくれなかったんだ。勝手に決めて押し付けられても困る。だいたいもう次がいるってのはなんだ。それら全てを押しつぶしたのは、恋人の話がまだ続いていたから。初めて…