2004-01-01から1年間の記事一覧

 08:12

店頭からはアルバイトとともに検品をしている妻の声が聞こえてくる。二十日は各種雑誌の入荷日なので検品作業も書籍並べのアルバイトだけでなくレジの女性にも入ってもらっているくらいだから、自分もすぐに行かなければならないのはわかっていた。しかし視…

また訃報。進藤くんの部隊の海老沼さんと斎藤直哉(さいとう なおや)さんがそろって死んだ。まず海老沼さんがクンフーの集中攻撃で首の骨を折られ、地上へと急ぐうちに斎藤さんが魔法攻撃を受けたのだという。斎藤さんの死は、きちんと負傷を回復させておか…

 21:21

何度目かの深呼吸。それでも指先の震えはとまらない。伏せた視線の先に組まれたそれをじっと見つめるそぶりで拒絶しておきながら、肌は外界のことを懸命に探っていた。ちらちらと視線が送られてくることを感じる。そのたびに心が痛む。その視線、おそらく心…

 18:35

本日の探索者が使用した剣とツナギが大量に運ばれてくる。山積みになったそれを目の前にして片岡宗一(かたおか そういち)は二人の若者に視線を送った。一人がタグを読み上げつつそれを片岡が見やすいように掲げ、片岡が決めた担当の鍛冶師をもう一人がタグ…

仲間うちでの了承も取れ、いよいよ日記の迷宮街開放。ここでは親しい人以外には単に掲示板に書き込むだけで済まし、俺の最終日二六日までは苦情を受け付けることにする。ここでいう数人の親しい人というのは真城さんと津差さん、あとは掲示板を見ない可能性…

 11:00

好きか嫌いかで分けるなら好きの部類に入る男だ。それでも娘たちが結婚したい相手として連れてきたとしたら悩むところでありやんわりと反対するだろうというのが、迷宮探索事業団の理事である笠置町茜(かさぎまち あかね)が死体買取の責任者である後藤誠司…

普通夢なんてものは起きて十秒も覚えていないもの(少なくとも俺はそうだ)だけど、その朝のいやーな汗にまみれた夢ははっきりと覚えている。第四層を上から見下ろしていた。葵らしき真っ青のツナギをつけた誰かが誰かを抱き起こし、覆い被さる青柳さんの黒…

 23:02

北酒場の一隅、長方形の卓が並ぶ個所で目当ての二人を見つけた。部隊の仲間の戦士である真壁啓一(まかべ けいいち)はすぐに自分に気づいたらしく、ジョッキを持つ手を上げた。その隣りでは姉の翠がぐったりと突っ伏している。笠置町葵(かさぎまち あおい…

 12:10

それは奇妙な光景だった。しんしんと雪が降り積もる冬の日、身が白くおおわれることもかまわず二人の女性が立ち尽くしている。その前には小さな木製のテーブル、上には家庭調理用のデジタル計量器が乗っている。計量器の上には小さなぬいぐるみが座っていた…

 09:23

前に打ち合ったのはたしか先週の半ばだったはずだと思い当たり、進藤典範(しんどう のりひろ)の背中に冷たいものが走った。その時にもとてもかなう気がしなかった巨人は、今はもうなんだか別のひどく遠いものになってしまったような気がする。訓練用の木剣…

 22:57

『あいよう、真壁です』 「翠です」 『うん、どうした?』 「明日ヒマ?」 『お寺めぐり』 「USJのチケットがあるんだけど」 『あ、行きたいな』 「孝樹兄ちゃんにもらったの。由美さんが来れなくなったからって」 『・・・』 「真壁さんと行って来いって…

 22:37

『もしもし孝樹?』 「おう、もう京都に着いたか?」 『それなんだけどさ、実家の用事ができちゃってそっちに行けなくなっちゃったよ』 「あら。なんか大変なこと?」 『ううん、父上が娘と一緒にいたいっていじけてるだけ』 「いやそりゃ大変なことだろ。嫁…

昨日のせっかくの決意にもかかわらず今日は観光できず地下に潜っていた。いやいや、探索者の本分は探索であるからにはしょうがないのだけど。 「辞めるよ」といってからなんだかお客様になってしまったのかな? 今日は手加減されていたような気がする。敵に…

 22:13

大事な用件がない限り探索者の体力テストには立ち会うようにしていた。だから第一期からこちら、体力テストをパスした人間をもっとも数多く知っているのは彼だったろう。いま、この街を去ったが探索者登録を取り消していない探索者たちの名前を眺めながら、…

 06:15

探索者の朝は早いと皆は言う。それにしても、自分たちに比べればどれほどのものがあるかとは鶴田典子(つるた のりこ)は思っている。道具屋に勤務する彼女の業務には早朝これから探索に赴く人間のツナギと剣、基本的な救急用品と行動食のザックを渡すという…

 22:12

パスワードが違います。 画面に映ったその文字に首をかしげた。そして思い当たる。仲間へ公開するためにパスを変えると電話で言っていたし、新しいパスはメールで送られていたはずだ。メールソフトを立ち上げ、受信フォルダの一番上のものをクリックした。太…

今日から迷宮街内部限定で日記の一般公開だ。とりあえずは部隊の仲間たちにパスを教えて見てもらっている。みんなにやにやしたり奇声をあげながら読んでいた。まあ、読み返してみると密度濃く行動した相手は翠以外にはいないし、彼らには懐かしい日々を再確…

 10:25

左右からほぼ同時に斬りこみが送られてくる。真城雪(ましろ ゆき)はふーん、と感心しながらも余裕を持って両方とも弾き飛ばした。そして軽い前蹴りをみぞおちに叩き込む。うずくまって下がった頭を左手の裏拳で払い、がらあきになった首筋にそっと切っ先を…

 06:13

遠ざかる背中に何も言えずに見送ってから、殴られた頬に手を当てた。痛みはなかったが、それ以上に罪悪感が心を蝕んでいた。 「いやあ、珍しいもの見せてもらったよ」 真壁啓一(まかべ けいいち)はぎょっとして周囲を眺め渡した。誰もいない。視線を下げる…

 06:12

一時間の仮眠だけで朝六時少し前にはたどり着いた。二木克巳(にき かつみ)は迷宮街の検問外で車を停め、徒歩で街の入り口へと向かった。検問という言葉のもたらすイメージとは違い徒歩の人間であれば何時であろうと通過できるようだった。木賃宿の場所は係…

 23:52

この匂いは――セリムはぱちりと目を開いて家から飛び出した。いつも遊んでくれる人間だ。ブラシをかけてくれて、家を掃除してくれて、たまには散歩に連れて行ってくれる。食事を与えてくれるご主人様と同じくらい大好きな人間だった。 「セリムー。元気?」 …

 23:42

もう何度目か忘れたくらい発信ボタンを押した。返ってくるのは相変わらずの呼び出し音だった。ため息をつきもう一度リロードのボタンを押す。相変わらず、昨日の日付の日記が再表示された。 携帯電話を繰り、一つの電話番号を表示させた。しばらくじっと見つ…

 18:03

トン、トンとキーボードの端を指で叩いている。この椅子に座ってから一五分、いつもなら一日分の日記を書き終えて席を立っている頃だ。しかし今日は一文字も書くことができずにいた。大きく伸びをして、真壁啓一(まかべ けいいち)は視界の隅に立っている人…

 16:23

この数日は菜食だけで過ごし日々の半ばを瞑想に費やしている。高度の精神集中の末に研ぎ澄まされた心身には熱と活気が渦巻く鍛冶場は辛かった。今日の分の集中がこれで台無しだろう。理事はいい顔はしないはずだった。それでも外出したのはあるの男性の様子…

 14:35

会話をしたことはなかったが面識はあった。先月の半ば頃、探索者の救助にすこし協力した際にその場にいたからだ。その翌日にも妻と食事をしているときに女帝真城雪(ましろ ゆき)にくっついて挨拶にきたはずだ。理事の娘で――名前は、翠。そう。笠置町翠(か…

 11:25

敵は手加減してくれないのにどうして教官が手加減しなければならん? 父親の口癖だった。だからその教えを叩き込まれた鈴木秀美(すずき ひでみ)もまた、訓練場では一切の手加減をするつもりはなかったし、戦乱の世の中でもなし、他に職はいくらでもあるこ…

出稽古シリーズ第二弾は笠置町翠(かさぎまち みどり)。感想は 「やっぱり他の仲間が頼れると楽だね!」 くっそー菓子折りか? 菓子折りでも持っていけばいいのか? 昼前からは雨が降ったけれどどんよりと曇りの朝。いつもどおりにジョギングに出たら、久し…

 10:47

自動ドアを通った笠置町葵(かさぎまち あおい)を雨の匂いが迎え出た。おっと、と思う。朝には振り出しそうだった雨、念のためにリュックに折り畳み傘を入れてよかった。自分は。自分を待っている男は――いた。かなり大きな折り畳み傘をさしてぼんやりと車の…

津差龍一郎(つさ りゅういちろう)重体。今もまだ自分の部屋で寝ているはずだ。 第二期の有望な探索者が精鋭四部隊に出稽古に行くという企て、今日は津差さんが先発隊として出ることになった。出稽古先は魔女姫高田まり子(たかだ まりこ)さんの部隊で、こ…

 19:07

その衝撃よりもその音が、その音よりもその光景がもたらす驚きが北酒場をしんと静まり返らせた。まさか――。皿を運ぶもの、酒をつくるもの、食事をするもの、ジョッキを傾けるもの、その場にいる全てが一様に同じ思いを抱き目を疑ったはずだ。まさか、真城雪…