真壁啓一

 08:02

離れた床で柔軟をしていると、視界に見なれたブーツが入った。顔を挙げると仲間の女戦士である笠置町翠(かさぎまち みどり)が見下ろしている。当然のようにツナギに身を包んでやる気十分だった。 「真壁さん、聞いた? 賞品がつくって」 「へええ。どんな…

 07:12

ゆっくりと上げた脚、かかとが天に向いた。片足は大地に、片足は天にと伸ばされた黒田聡(くろだ さとし)の身体はまるで一本の棒のようにも見える。精鋭四部隊の中では『地下限定で』最強の戦士と呼ばれていた黒田だったが実際の身体能力は垂直に上げた脚が…

今日は八時起き! もう本格的な探索はないのだと身体が知ったからなのか、モルグで六時に出て行く探索者たちの目覚ましや準備の音にもまったく邪魔されず眠っていられた。身体の方もきちんと早起きして動かないと命に関わると知っていたのだ。だから命の危険…

 10:32

言いたいことはたくさんあった。つい先日会ったばかりじゃないか。不安ならどうして言ってくれなかったんだ。勝手に決めて押し付けられても困る。だいたいもう次がいるってのはなんだ。それら全てを押しつぶしたのは、恋人の話がまだ続いていたから。初めて…

また訃報。進藤くんの部隊の海老沼さんと斎藤直哉(さいとう なおや)さんがそろって死んだ。まず海老沼さんがクンフーの集中攻撃で首の骨を折られ、地上へと急ぐうちに斎藤さんが魔法攻撃を受けたのだという。斎藤さんの死は、きちんと負傷を回復させておか…

仲間うちでの了承も取れ、いよいよ日記の迷宮街開放。ここでは親しい人以外には単に掲示板に書き込むだけで済まし、俺の最終日二六日までは苦情を受け付けることにする。ここでいう数人の親しい人というのは真城さんと津差さん、あとは掲示板を見ない可能性…

普通夢なんてものは起きて十秒も覚えていないもの(少なくとも俺はそうだ)だけど、その朝のいやーな汗にまみれた夢ははっきりと覚えている。第四層を上から見下ろしていた。葵らしき真っ青のツナギをつけた誰かが誰かを抱き起こし、覆い被さる青柳さんの黒…

 23:02

北酒場の一隅、長方形の卓が並ぶ個所で目当ての二人を見つけた。部隊の仲間の戦士である真壁啓一(まかべ けいいち)はすぐに自分に気づいたらしく、ジョッキを持つ手を上げた。その隣りでは姉の翠がぐったりと突っ伏している。笠置町葵(かさぎまち あおい…

 22:57

『あいよう、真壁です』 「翠です」 『うん、どうした?』 「明日ヒマ?」 『お寺めぐり』 「USJのチケットがあるんだけど」 『あ、行きたいな』 「孝樹兄ちゃんにもらったの。由美さんが来れなくなったからって」 『・・・』 「真壁さんと行って来いって…

 22:37

『もしもし孝樹?』 「おう、もう京都に着いたか?」 『それなんだけどさ、実家の用事ができちゃってそっちに行けなくなっちゃったよ』 「あら。なんか大変なこと?」 『ううん、父上が娘と一緒にいたいっていじけてるだけ』 「いやそりゃ大変なことだろ。嫁…

昨日のせっかくの決意にもかかわらず今日は観光できず地下に潜っていた。いやいや、探索者の本分は探索であるからにはしょうがないのだけど。 「辞めるよ」といってからなんだかお客様になってしまったのかな? 今日は手加減されていたような気がする。敵に…

 22:12

パスワードが違います。 画面に映ったその文字に首をかしげた。そして思い当たる。仲間へ公開するためにパスを変えると電話で言っていたし、新しいパスはメールで送られていたはずだ。メールソフトを立ち上げ、受信フォルダの一番上のものをクリックした。太…

今日から迷宮街内部限定で日記の一般公開だ。とりあえずは部隊の仲間たちにパスを教えて見てもらっている。みんなにやにやしたり奇声をあげながら読んでいた。まあ、読み返してみると密度濃く行動した相手は翠以外にはいないし、彼らには懐かしい日々を再確…

 10:25

左右からほぼ同時に斬りこみが送られてくる。真城雪(ましろ ゆき)はふーん、と感心しながらも余裕を持って両方とも弾き飛ばした。そして軽い前蹴りをみぞおちに叩き込む。うずくまって下がった頭を左手の裏拳で払い、がらあきになった首筋にそっと切っ先を…

 06:13

遠ざかる背中に何も言えずに見送ってから、殴られた頬に手を当てた。痛みはなかったが、それ以上に罪悪感が心を蝕んでいた。 「いやあ、珍しいもの見せてもらったよ」 真壁啓一(まかべ けいいち)はぎょっとして周囲を眺め渡した。誰もいない。視線を下げる…

 06:12

一時間の仮眠だけで朝六時少し前にはたどり着いた。二木克巳(にき かつみ)は迷宮街の検問外で車を停め、徒歩で街の入り口へと向かった。検問という言葉のもたらすイメージとは違い徒歩の人間であれば何時であろうと通過できるようだった。木賃宿の場所は係…

 23:42

もう何度目か忘れたくらい発信ボタンを押した。返ってくるのは相変わらずの呼び出し音だった。ため息をつきもう一度リロードのボタンを押す。相変わらず、昨日の日付の日記が再表示された。 携帯電話を繰り、一つの電話番号を表示させた。しばらくじっと見つ…

 18:03

トン、トンとキーボードの端を指で叩いている。この椅子に座ってから一五分、いつもなら一日分の日記を書き終えて席を立っている頃だ。しかし今日は一文字も書くことができずにいた。大きく伸びをして、真壁啓一(まかべ けいいち)は視界の隅に立っている人…

 16:23

この数日は菜食だけで過ごし日々の半ばを瞑想に費やしている。高度の精神集中の末に研ぎ澄まされた心身には熱と活気が渦巻く鍛冶場は辛かった。今日の分の集中がこれで台無しだろう。理事はいい顔はしないはずだった。それでも外出したのはあるの男性の様子…

 14:35

会話をしたことはなかったが面識はあった。先月の半ば頃、探索者の救助にすこし協力した際にその場にいたからだ。その翌日にも妻と食事をしているときに女帝真城雪(ましろ ゆき)にくっついて挨拶にきたはずだ。理事の娘で――名前は、翠。そう。笠置町翠(か…

出稽古シリーズ第二弾は笠置町翠(かさぎまち みどり)。感想は 「やっぱり他の仲間が頼れると楽だね!」 くっそー菓子折りか? 菓子折りでも持っていけばいいのか? 昼前からは雨が降ったけれどどんよりと曇りの朝。いつもどおりにジョギングに出たら、久し…

 10:47

自動ドアを通った笠置町葵(かさぎまち あおい)を雨の匂いが迎え出た。おっと、と思う。朝には振り出しそうだった雨、念のためにリュックに折り畳み傘を入れてよかった。自分は。自分を待っている男は――いた。かなり大きな折り畳み傘をさしてぼんやりと車の…

津差龍一郎(つさ りゅういちろう)重体。今もまだ自分の部屋で寝ているはずだ。 第二期の有望な探索者が精鋭四部隊に出稽古に行くという企て、今日は津差さんが先発隊として出ることになった。出稽古先は魔女姫高田まり子(たかだ まりこ)さんの部隊で、こ…

 12:22

「津差さんは、まあ、当然だな」 その言葉が頭にこびりついている。精鋭四部隊の一角、魔女姫こと高田まり子(たかだ まりこ)が率いる部隊の罠解除師のコメントである。精鋭部隊へ第二期で侵攻意欲があり優秀な人間を出稽古させようという試み、まず一人目…

今日は進藤くんと海老沼さんに稽古をつけてあげた。進藤くんはその体格もあってまったく問題なし。運動神経もいいみたいだし、あとは慎重に場数を踏むだけだろう。でもまあ、改めて思うのは津差さんのすごさだな。巨大な進藤くんよりも津差さんはまだ七セン…

 23:29

「あ、啓一なんかかっこいいこと言ってるぞ」 「うわ、映った」 「つか真壁くん、なんか2ちゃんで知られてるぞ」 「え? マジすか?」 「・・・なに? ここの日記書いてんの? しかも実名?」 「ゲ」 「なに? 俺も出てんの? 啓一」 「えーと、書いてます…

 23:24

162 名前:公共放送名無しさん :04/01/11 23:24 id:U1p3MAzE あー、ここが北酒場か。 163 名前:公共放送名無しさん :04/01/11 23:24 id:SJJMDm3j さっきからU1p3MAzEはなんだか事情通の希ガス。 164 名前:公共放送名無しさん :04/01/11 23:26 ID:2BhsC+…

 23:27

真壁啓一(まかべ けいいち)が怪訝そうに声を上げた。 「あれ? 真城さんのヒョウ柄って地下用ですよね? カラビナついてるし」 両手をあけながら大量の食料や救急用品などを持ち歩かなければならない地下行動時に使用するツナギには、円形のカラビナと呼ば…

 23:02

おーい、と名前を呼ばれて縁川かんな(よりかわ かんな)は壁の時計を見上げた。おっと、放送が始まったみたいだわとココアのマグカップを持って部屋を出る。障子を開けたら自分と姉以外の一家九人がコタツにおさまっていた。揃いも揃ってミーハーなんだから…

 22:45

うわあ! と進藤典範(しんどう のりひろ)は声を上げた。木賃宿の二階、いわゆる『男モルグ』と呼ばれているフロアに置かれているテレビの前を見てのことだ。普段は二〜三人が座っているだけのソファにはぎっしりと男女あわせて六人がならび、その足元にも…