笠置町葵

 12:31

ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、…

今日が第二層最後の日。バンドマン二人が決心して次回からは第三層に潜ることにする。今回は第二層で数回戦闘してある程度の収入を確保してからエディの訓練場に向かった。俺たち前衛の訓練ではなく、後衛の三人が少しでもスピードに慣れるのが目的だった。…

大海を知った一日。今日は教官の橋本さんに稽古をつけてもらった。戦士としての真壁啓一にはこれといった特徴はないけれど、バランスよく上達していると思う。最近では第一期の戦士の中でも第二層より上で停滞している人たちとはいい勝負ができるようになっ…

迷宮街だけではなく地下までもクリスマスに突入。 何かというと、葵のツナギが「クリスマスバージョン」になっていた。ベースを赤に、フードのふち、袖、足首、ウェストラインが白いというもの。書き忘れていたけどツナギの色は基本料金で各人自由に選べる。…

午前中は訓練場で訓練をして過ごした。最近は地上では打ち合いの時間を減らすようにしている。平らな床の上で動くことに慣れてもあまり意味がないと思うようになったことと、とにかく剣筋を精確に、太刀行きを速くする練習が重要だと思うようになったからだ…

 19:22

お目当ての若いバーテンは東京に行っているという。少し残念に思いながら、強めのスコッチをダブルで頼んだ。もともと団体で騒ぐことが性に合わない津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は、最近はもっぱらバーカウンターで一人で飲むことを好んでいた。 「お…

朝八時にフロントから部屋に電話をかけてもらったら、ひどい寝癖のまま降りてきた。手に下げているのは昨日洋服を買った紙袋だから、その寝癖のままで戻るつもりかと尋ねたらうなずいた。タクシーならいいでしょ? とのことだ。それはかまわないが、午後から…

天気は良く、めぐり合わせが悪い一日。 訓練場で青柳さんをドライブに誘ったら、午後からお経を上げにいくとか。お坊さんの世界でも常連客がいて、名指しで指名されると断れないのだそうだ。翠でも来ないかなとぼんやり待っていると、姉妹でおめかしで出かけ…

ついに芸能界デビュー!(by笠置町葵)だそうだ。 午前中に軽く身体を動かしてモルグに戻ったら告知の張り紙が出ていた。本日一八時までに以下のものは事業団の事務所に出頭と書いてあった。こういった通知はたまにあって、大体が喧嘩したので叱られるとか落…

 19:23

迷宮から戻ったアパートで鶏モモ肉100グラム58円とタマゴ一パック88円というビラに気づいてすぐに引き返した。同じように買い溜めする人たちが多いのだろう、普段より混雑した店内でカゴ一杯に商品を詰め込んだ。客がたくさんいただけのことはある。なかなか…

寒い寒い! 今日は雲ひとつないいい天気だったのに、その晴天も「風に雲がふきとばされたから?」と思えてしまうくらいに寒い一日だった。モルグで寝起きしていると、大概六時ごろに目覚ましでいったん起こされる。大半の探索者は感覚が鋭敏だし、その時間に…

いつものように午前七時、道具屋の前に集合した児島さんの様子がおかしかった。本人は不調を感じていないようだったけれど、顔色が明らかに悪い。最初の顔合わせのときに児島さんが提案したこと、本人が大丈夫と思っても明らかに体調が悪そうだったらその日…

本日の収穫は九万円と少し。そろそろ金銭感覚がマヒしてきた。 今日気がついたのだけど、各銀行や郵便局のATMはこの狭い迷宮街に二ヶ所あるのだった。ひとつはもちろん東西大通りの西側にある各銀行の支店内。そしてひとつはATMだけが迷宮の出入り口詰…

 22:37

コンビニを出たところで見知った顔が歩いて来るのを見かけた。同じ部隊の魔法使いである笠置町葵(かさぎまち あおい)だった。朱が差した頬を見るところ、アルコールが入っているようだった。 「ああ、常盤くん」 こんばんわ、とあいさつをしてから訊ねたら…

 14:35

目がくらむ。 高田まり子は迷宮街に初めてやってきた頃を思い返していた。京都市街に発生した大迷宮に関する探索/防衛の一切を委任する組織として迷宮探索事業団が設立されたとき、彼女は特筆すべき点もないOLとして日々を暮らしていた。実直で落ち着ける恋…

 23:19

就寝前の日課として念入りに筋を伸ばしていると、ドアが開いて双子の妹が声をかけてきた。 「翠、真壁さんがきれいだって」 「はあ?」 「日記に書いてある」 「・・・あの人、私がアドレスを知っているって想像はできないのかな」 「いや、むりでしょ。って…

収入は増えているのに支出も増えている・・・まあ、貯めこんでも墓場までは持っていけない(冗談抜きで)ので、必要な分は出し惜しみせず使うとしよう。日本経済にも貢献しないとな。実際のところ祇園では売上が上がっているらしい。 今日は目新しい訓練をは…

後頭部には大きなたんこぶ。触るとまだ痛かった。明日になれば、児島さんがもう一度治療してくれるらしいのでそれまでは我慢しないと。今日は横を向いて寝るようかな。 迷宮探索も三日目で、最初の頃よりはるかに度胸もついた。さらに、俺たちの魔法使いは他…

 15:52

迷宮街の中心はなんといっても中央を東西南北に走る大通りだ。二車線通りのそれは東西南北にそれぞれ三キロほどで中央で交差している。迷宮街の外からそこに入るのは西口しかなく、入るには身分証明書のチェックが、出るには荷物の検査が必要なのでそこでは…

二度目の迷宮探索も無事終了した。敵は青鬼(コボルド)五匹の集団と、赤鬼(オーク)三匹の集団、そして骸骨(アンデッドコボルド)五匹の集団だった。 まずはセオリー通りに入り口右手の部屋に入った。いちど合言葉で開けてみたくて言わせてくれと頼んだら…

小寺の遺体回収が無事に終わってほっとしている。階段を下りて30メートル、しかも大事をとって他部隊の直後に降りたのがよかったのか、遺体を回収し、戻るまで化け物に出会うことはなかった。遺体は通路の脇に寄せられて、荷物や死体を隠すためのビニールシ…

 23:55

キーボードの下ボタンを押して表示された文章に眉をひそめた。そして、脇のベッドで横になりながらスナック菓子を食べている妹、笠置町葵(かさぎまち あおい)を振り返る。 「ねえ葵。明日ヒマ?」 「んー、駅前に出ようかと思ってたけど、なんで?」 「小…

 22:10

一晩三千円を支払えばシャワー付の個室が借りられる。今日の収入は六千円と少しだから実際にはそんな余裕はないのだが、津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は個室を借りることにした。今日が初陣で三度遭遇し、彼はハト派のパーティーを組んでいるので一度は…

明日はいよいよ初陣だ。これが最後の日記になるかもしれない。もちろんそんなつもりはないけれど。 今日は午前中に道具屋で装備品を受け取り、午後から集団戦闘の訓練をした。二対一で片方が動きを止めて片方が打ち込むとか、アイコンタクトで前衛が後衛をか…

 15:22

「ごー!」 明るい青色をした厚ぼったいツナギを身に付け、フードをしっかりとかぶった女性が叫んだ。フードの陰から真剣な瞳が前方を見つめている。視線の先は15メートルほど離れた一角。そこには三人の人影があった。二人が木製の直刀、一人が木刀を持って…

頭が痛い。本日は戦闘の訓練はお休みだった。午前中は探索の基礎的なシステム説明会に出席し、夕方からは仲間たち(笠置町姉妹が探してくれた)との顔合わせの飲み会だった。両方とも大事なことだからいきおい日記は長くなってしまうのだけど、この頭で書き…

打ち身がひどく痛い。でも一番傷ついているのはプライドだった。今日は記念すべき日だ。一緒に迷宮探索をする仲間が二人できて、年下の女の子に叩きのめされたという。 今朝、迷宮探索者としてのパスが発行された。これを提示すれば北酒場の定食と、いま泊ま…

迷宮街に来て二日目。今日は属性と職業という二つのものを決めた。ここに来て初めて知った概念だった。 まず属性とは、迷宮内で遭遇する化け物との対応姿勢のことだという。もちろんこっちが侵略者でありかつ奴らにとっての食料である以上、お互いを発見した…

まさか自分が自発的に日記をつけることになるなんて夢にも思わなかった。それなのに敢えてしているのは日々を書き留めておかなければならないという強迫観念じみた意識が生まれたから。その動機はなんといっても、現在俺がいるこの状況が稀有なものであり日…

「ええ? いいよ別に」 従兄の断りの言葉を笠置町葵(かさぎまち あおい)は意外に思った。双子の姉の笠置町翠(かさぎまち みどり)があげようとしたのはたかが遊園地のフリーパス券であり、2枚で1万円だとかそこらのものだったはずだ。それは数日前に従兄…