笠置町翠

 12:42

「あれ、花園さん携帯の番号変えました?」 『お? おお。十月くらいに酔って店に忘れたらしくて。連絡してなかったか』 「相変わらずですね。お仕事はいかがですか?」 『信じられんが六時半起きにも慣れたよ。人間ってすごいな。ところで真壁のことなんだ…

第三層への初挑戦は無事に終了した。第三層では最強の怪物である緑龍に対しても無傷で勝利した。本当に強いなうちの部隊というか笠置町葵は。他の五人が束になっても彼女一人にかなわない自信がある。 それでも強い化け物の代名詞とされている緑龍を幸運とは…

 15:23

ツナギの素材や厚さには職業と体力に応じて差はあったが、ブーツはみな同じものだった。スキーのブーツを皮製にしたと思えばいいだろうか。スネの半ばまで覆う牛皮には足の甲に二箇所、足首〜すねに二箇所の留め金があり調節/着脱ができる。かつては紐を使…

 19:17

思っていたよりも、と巴麻美(ともえ あさみ)は目の前の夫、後藤誠司(ごとう せいじ)に感想を告げた。夫といってもまだ籍は入れていない。麻美の両親が古風なため(後藤は若い頃に両親とも死別していた)に、籍を入れるのは式が終わったあとだと譲らない…

酒場では道具屋のアルバイトの小林桂(こばやし かつら)さんの送別会が行われている。最初の予定では昨日が探索者ではない友達とのもので今回が探索者達とのものという話だったが、見る限りそんな区別なく皆で小林さんの門出を祝っていた。中では真城さんが…

 12:31

ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、…

 11:25

「はい真壁です。どうしました?」 『真壁? いまどこに、誰といる?』 「ミニストップです。一緒にいるのは翠と津差さん」 『恩田くんたちの救助隊を組む。協力してくれる?』 「わかりました」 『ありがとう! そのまま鍛治棟に行って、お前たちと健二、葛…

 10:27

予想通りに常識を破られた。壁面への体重の預け方、突起のつかみ方、足のかけ方、鈴木秀美(すずき ひでみ)にはそれだけを手短に教えて登らせてみたら自分でも舌をまく安定で登っていった。あわてて後を追う。経験と手足の長さの違いで簡単に追いついたもの…

 09:32

…・…保持したはずの岩が根元から外れた。バランスを取り戻そうと伸ばした腕が、逆に距離感を失って壁面を押してしまう。自分は落下するのだ、と西野太一(にしの たいち)は落ち着いて考えた。墜落の浮遊感は何度経験してもいい気分のものじゃない。自分の身…

 23:16

入力することでその日記を読むことができるパスワードは自分たちのプライベートな数字だったから、現在の読者は自分一人だけだと確信できた。真壁啓一(まかべ けいいち)がこれを書き始めた当初、神野由加里(じんの ゆかり)にとってその日記を読むことは…

今日が第二層最後の日。バンドマン二人が決心して次回からは第三層に潜ることにする。今回は第二層で数回戦闘してある程度の収入を確保してからエディの訓練場に向かった。俺たち前衛の訓練ではなく、後衛の三人が少しでもスピードに慣れるのが目的だった。…

大海を知った一日。今日は教官の橋本さんに稽古をつけてもらった。戦士としての真壁啓一にはこれといった特徴はないけれど、バランスよく上達していると思う。最近では第一期の戦士の中でも第二層より上で停滞している人たちとはいい勝負ができるようになっ…

 21:40

知り合いが宴会でもしていないかな、と思って円テーブルのスペースを訪ねた。予想通りに「真壁!」と声がする。真城雪(ましろ ゆき)がジョッキを掲げて呼び寄せていた。珍しいことに同席しているのは普段の仲間たちではない。現時点で第四層に到達している…

迷宮街だけではなく地下までもクリスマスに突入。 何かというと、葵のツナギが「クリスマスバージョン」になっていた。ベースを赤に、フードのふち、袖、足首、ウェストラインが白いというもの。書き忘れていたけどツナギの色は基本料金で各人自由に選べる。…

午前中は訓練場で訓練をして過ごした。最近は地上では打ち合いの時間を減らすようにしている。平らな床の上で動くことに慣れてもあまり意味がないと思うようになったことと、とにかく剣筋を精確に、太刀行きを速くする練習が重要だと思うようになったからだ…

 19:22

お目当ての若いバーテンは東京に行っているという。少し残念に思いながら、強めのスコッチをダブルで頼んだ。もともと団体で騒ぐことが性に合わない津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は、最近はもっぱらバーカウンターで一人で飲むことを好んでいた。 「お…

朝八時にフロントから部屋に電話をかけてもらったら、ひどい寝癖のまま降りてきた。手に下げているのは昨日洋服を買った紙袋だから、その寝癖のままで戻るつもりかと尋ねたらうなずいた。タクシーならいいでしょ? とのことだ。それはかまわないが、午後から…

笠置町翠、絶不調。こともあろうに梅ジャムなんぞの不意打ちを食らっていた。彼女を包み込んだ梅ジャムに呆然とする俺だったが、青柳さんが慎重に中心細胞を破壊して二人がかりで掘り出した。引っ張り出してもしばらくはガタガタと震えて俺にしがみついてい…

天気は良く、めぐり合わせが悪い一日。 訓練場で青柳さんをドライブに誘ったら、午後からお経を上げにいくとか。お坊さんの世界でも常連客がいて、名指しで指名されると断れないのだそうだ。翠でも来ないかなとぼんやり待っていると、姉妹でおめかしで出かけ…

早くから大変ですね! と言われた。小林さんにだ。なんだかすごく元気で快活だ。宝くじでも当たったのかな。 今日も今日とて第二層の探索を続けている。今日の俺の目標は「目指せ青柳誠真(あおやぎ せいしん)」だった。以前書いたけど、青柳さんの強さとい…

 19:23

迷宮から戻ったアパートで鶏モモ肉100グラム58円とタマゴ一パック88円というビラに気づいてすぐに引き返した。同じように買い溜めする人たちが多いのだろう、普段より混雑した店内でカゴ一杯に商品を詰め込んだ。客がたくさんいただけのことはある。なかなか…

寒い寒い! 今日は雲ひとつないいい天気だったのに、その晴天も「風に雲がふきとばされたから?」と思えてしまうくらいに寒い一日だった。モルグで寝起きしていると、大概六時ごろに目覚ましでいったん起こされる。大半の探索者は感覚が鋭敏だし、その時間に…

昨日国村さんに教わったように、筋肉を意識しながらジョギングとストレッチを中心に午前いっぱい汗を流した。実際に意識してみると、自分の動きは雑なんだということがよくわかる。同じお皿を持ち上げる動きでもきちんと筋肉を理解して効率よく動かしたほう…

今日は訓練場でのトレーニングは行わず、恩田さんの部隊の戦士である西野太一(にしの たいち)さんに連れられてボルダリングというスポーツを初体験してきた。前に書いたかな? 西野さんはロッククライミングをするユーミンファンで、この街で三日に一度だ…

どんよりとした曇りの一日。津差さんと訓練をして過ごした。津差さんたちは本当は今日もぐるつもりだったのだけど、彼らの治療術師の的場さんという方が体調不良になってしまったということだった。神崎さんの死にショックを受けていたのだという。真城さん…

いつものように午前七時、道具屋の前に集合した児島さんの様子がおかしかった。本人は不調を感じていないようだったけれど、顔色が明らかに悪い。最初の顔合わせのときに児島さんが提案したこと、本人が大丈夫と思っても明らかに体調が悪そうだったらその日…

天気は曇りだったけど、なんとなく暖かくなる感じがしたので洗濯物を干した。ちなみに洗濯物は木賃宿に併設されているコインランドリーで洗濯するか、木賃宿のクリーニングに出すかを選べる。金銭感覚が麻痺してきたと昨日の日記に書いたけど、日々の支出に…

本日の収穫は九万円と少し。そろそろ金銭感覚がマヒしてきた。 今日気がついたのだけど、各銀行や郵便局のATMはこの狭い迷宮街に二ヶ所あるのだった。ひとつはもちろん東西大通りの西側にある各銀行の支店内。そしてひとつはATMだけが迷宮の出入り口詰…

迷宮街の西半分のことなら今日一日でだいぶ詳しくなった。どうしてかというと、昨日の日記に書いたネコを探すために半日以上街を走り回ったからだ。結局誰も捕まえることはできず、しかし問題は無事解決した。星野さんの娘さん、星野由真(ゆま)ちゃんが通…

 13:25

この二日間で屈辱とともに思い知ったのは、人間はついに追いかけっこでネコに勝てないという事実だった。だから、久米錬心(くめ れんしん)からの電話で迷宮街の南外周部にたどりつき、ベンチに座り本を読む神田絵美(かんだ えみ)とその隣りでおとなしく…